4 名主どんの香炉大泥棒といっても、困る人に施しをするというほどの心を持っていた伊佐です から、ねらったものは、どうしたところで防ぎようがないというものです。「おめえ、なんぼ盗みの名人でも、おれの目の前から盗めないだろうな」 名主どんは伊佐に言うのでした。 「さぁて、名主どんのものを盗もうとは思っても見ねぇが、盗んでくれというの なら、盗めぬものなんざ、何もねぇべな」 伊佐は名主どんの煙草を分けてもらって、こんな話をし合ったのでした。 「じゃ、三日のうちに、この香炉を盗んだら、お前にやるべぇ。だが盗めなかっ たら、お前さんの指をつめてもらうことにするよ」 今までの名主どんの意見も糠に釘、何とか真人間にもどしたいと考えてのこと でした。 「こうなりゃ、二度と泥棒もできめぇ」 というのが名主どんの考えだったのです。さて、伊佐は帰って行った後、名主 どんは金の香炉を部屋の真中に置いて、戸締りをして待っていました。夕方から 降り始めた雨は夜に入っていよいよ強くなったようです。と、しばらくして外に 人の気配がして、笠に当る雨の音が聞えて来たのです。 「奴さん来たな」 名主どんはすっかり眠気が覚めてしまったのです。 「こりゃ、いよいよ面白くなったぞ。きっと節孔からでも覗いているに違いない」 名主どんはコックリコックリした振りをしながら、実は耳をそばだてて、笠に 当る雨の音を聞きながら、目は香炉の方をじっと見つめていたのです。 「奴さん、よぅく頑張るな」 香炉は行灯の光でまばゆいばかりに輝きます。とうとう屋根の棟も三寸さがり 草木も眠る丑満時です。雨音もいくらか遠のいたようです。 「伊佐の奴、とうとう根負けしてしまったな。明日の晩に延ばしたんだろう」 と、名主どんは勝ち誇ったように声を出してから、 「うっかり言えねぇ、あの伊佐の奴のことだから、油断がならねぇ」 金の香炉がなくなったのは、その時のことだったのでしょう。全く伊佐という 奴は手に負えないと、名主どんも、さすがにあきれ顔でつぶやくのでした。 |
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