11 煙草の虫取り上長井笹野は有名な笹野観音の鎮座で名高いところ、西は屏風を立てたような 笹野山、前は田圃広けたところ。また畑も沢山あるので、昔から煙草を作り、煙 草の産地として名高い。この笹野に強慾な親爺があった。土地も沢山所有し、笹 野では屈指の地主であった。この親爺、小作米は高くとる、奉公人は酷に使うと いうので、人々は毛虫のように嫌っていた。この家では沢山の人を使って煙草を作っていた。この煙草が成長するにつれて 害虫が発生する。連日沢山の虫をとっても、とっても発生する。この害虫のため 少しでも怠ると、せっかくの苦心も水の泡になる。 で、虫取りの時期がくると、朝から夕方まで、せっせと取っても取り切れない。 ちょうど佐兵次さんが笹野へやってきた。そうかそういう家なら、少しの間手伝っ て行こう、早速その家へやって来た。手不足で困っていた時のこととて、 「佐兵次さん、よくやって来て呉れた。では御馳走は、いまにするから、まず煙 草畑へ行ってくれ」 「はい」 と、二つ返事で、煙草畑へ行く、虫を取るかと思いの外、煙草畑のところへミ ノを敷いて一寝入り、そして昼になったので、ノコノコやってくる。午後からも 同じ夏の日、カンカンと照りつける日も西山へ入る頃家へやって来る。喜んだの はこの家の主人、 「よくとって呉れた。疲れたろうから一つやって呉れ」 と、酒を出す。酔が廻ってくるにつれ、主人は、 「どうだ、佐兵次さんや、虫をいくらとって呉れたかね」 と聞けば、平気な佐兵次、 「旦那さんや、煙草畑へ行って寝てきたよ」 むっつりした主人、 「どうしたえ、虫取ってくれなかったかえ」 「何、旦那さんは煙草畑へ行ってくれというので、行ってだけは来たが、寝なが ら虫の上り下り、なかなか面白かったよ」 と。あいた口がふさがらない。 「では、佐兵次さんや、この虫を川原に投げてきてくれ」 と。傍を見れば、朝から五六人の若衆がとった虫は、ハケゴに山のよう。それ を小脇にかかえて川原へと行く。そしてハケゴのまま川へと投げ入れてしまった。 帰って右の話を主人にすると、再び開いた口はふさがらなかった。 (「つゆふじの伝説」) |
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