56 鬼神のお松むかしあったけど。笠松峠って、けわし峠あったけど。そうしてそこに鬼神お松て名付けらっだ泥 棒いたけど。そして通る人、通る人も、みんなそれに殺さっではぁ、そこさ行っ た人で帰った人はめったになかったど。 そしてある日、夏目弾正白三郎という人通りかかって来たば、川端さ倒れたき れいな女子いだずもの。そして、 「ああ、腹病(や)める、腹病(や)める」 て苦しんでいるもんだから、 「そがえに腹病めるでは、こんなとこにいらんねがら、医者でも行くとか、向う の宿場さ渡る他ないから、おれに背負(ぶ)され」 て、そして背負(ぶ)って大井川を背負って、真中ごろまで来っどはぁ、その脇差抜 いではぁ、白三郎ば殺してしまったずも。そして自分はまた元のように逃げて、そこの名前は、 一里のぼれば不動が滝 二里のぼれば十二が屋形 三里のぼれば人も通らぬ岩屋の屏風 ていう、けわしいどこさ逃げて行ったど。家では一週間もよっても帰って来な いなて心配しったけど。そしてこんど、いるうちに権助と三助と二人で雑魚釣り に行ったずも。そしてずっと川渕歩いで行って、釣りしてるうちに、何だか薄黒 いもの、大きな石さ引っ掛っていたと思って見たば、なんだか白三郎という人死 んだという話聞いた。それでもないんだか、とにかくお上さ届けてみねぇかて、 その死体はお上さ届けてみたば、やっぱりその死骸であったそうだ。そうしてこ んど、それを拾い上げて息子は夏目仙太郎という人であったけど。それ、こんど また仇討ちたいまんまに、けわしいどこさ行って、岩のぼって、一里のぼれば不 動が滝、二里のぼれば十二が屋形、三里のぼって行って、人も通らぬ岩屋の屏風 それ通り抜けてまた行ってみたば、やっぱり川端にきれいな女、どこわるいんだ か、苦しんで寝っだそうだ。 「どこわるい」 て言うたば、 「今日、何にもはぁ、足は病める、腹は病める、この川渡りたいと思うども、と ても渡らんね」 て、また、 「それは嘘だ、にせものだ。名を名のってやる。この前、おれの父の夏目弾正白 三郎ていうのば打ったの、貴様にちがいないから、尋常に勝負しろ」 て、そういうたど。そしてこんど、鬼神お松も短刀もって一生懸命たたかった ども、とても仙太郎には敵わない、めでたく仇とって家さ帰ったど。 むかしとーびん。 |
(川崎みさを) |
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