8 小僧おれにも一つむかし、ある寺に和尚さんと小僧っ子が住んでいた。和尚さんには、もとオカタが居ったが、先年病気して死んでしまった。また若い身空で死なれたこととて後目カガを仲人する人も数多居ったが、もう沢山だと、みなことわり、小僧相手に暮しているのだった。『固いこと』と檀家の信用も厚く、何不自由なく、時たまの檀用の外はのんびり暮している。ある秋の夕方のこと、泊りがけで出かけることになったので、秋の夜長に小僧っ子一人では徒然だろうと思って、到来物の木の実を小僧に渡して、 「一人では退屈だべげんども、これでも焼いて食って、温和しくしてるんだぞ」 と言い置いて出かけて行った。 小僧はその晩はたった一人なので、早や目に夕飯を食べて、さて寝ようと思ったが、少し腹の方も徒然になったので思い出したのが、さっき貰った木の実のことだった。火所(ほど)にくらべて、こんがり焼けたので、カチッと皮をつぶして口に入れようとしたら、畳の合せ目から、ニューと白い腕が出て来た。「キャッ」と飛び上らんばかりに驚いた。 「これこれ、何もこわがることはない、おれにも一つ」 と、蚊のなくような声が畳の下から聞えてくるのだった。「そーら」とその掌に握らせると、すうっと引込んで行った。 「誰だべ、こげないたづらして」 と一人言いって、またカチッとつぶして口へ入れようとすると、 「小僧小僧、おれにも一つ」 と、また細い手がニューと出てきた。「ほら」と握らせると、またすうっと引込んで行った。こんどこそやらないぞと、景気込んで、カチッとつぶして食べようとすると、また細い手がニューと出ると、魔法でもかかったように手に握らせてしまう。こうして一晩かかって、とうとう一粒も食べられないでしまった。 次の朝、和尚さんが帰って来たので、早速ことこまかにこのことを話したら、「ホー」そうか、何か埋まっているのではないかと敷板を剥して土を掘ってみたら昨夜の木の実がザリザリ出て、その中に和尚さんの見憶えのあるオハグロつけの楊子が出てきた。「これは念をかけているのであろう」と、早速きれいな所に葬って、ていねいに供養をしてやった。 それから後は何ごともなかったという。 |
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