6 猫にもらった小判むかしあるところに、『ブツ』ていう馬鹿息子いだったど。「用達しに行ってこい」 といえば、「オイッ」と駈けだして、向うさ行きついて始めて、何んて言うのだか聞かないで来たことを思い出して戻って来るような有様よ。また魚の番させんべと思って家の人が、 「ここで猫見てろ」 て言って、魚出してお汁の実取りに、いっとき畑さ行って来ると、あら程出してた魚ぁ一尾もない。 「何ぇんだ。魚どこさやった」 て聞くと、 「おっかぁ、猫見てろて言うから、魚食うとこ見ていた」 て、けろっとして言うなだったど。 それで夜なども薄暗い物置きのようなところさ寝せられていたど。そんでブツの家でも、今年ぁ法事があるなだけど。大っけえ桶(こが)さ濁り酒いっぱい作っていだったずも。ただ酒好きで、作り始めて三日も経つと、 「なじょな出来だべ」 て、舐めて見い、五日も経(もよう)つと、「こんどは、なじょなべ」柄杓で飲んで見る。丁度出来ごろには、底の方にちっとしかなぇかったこと、再々ありありしたもんだから、天井裏にかくして置くとか、小屋の二階に作って置くとかしたもんだど。ブツはその晩げ、寝ると湧き出した酒ぁブツブツ音立てんなだど。呼ばられるなだと思って、「アイ・アイ」て言うていた。はじめにゃ、素直に「アイアイ」て言ってたげんども、いっこうに止めない。怒(ごせやいて)って、仕舞いにゃ馬鹿力出して、大(お)っけな石持(たが)ってきて、その酒仕込んで、桶(こが)にぶっつけたなだど。そうしたら、納屋の二階から桶ぁ破(やぶ)っで、プンプンと香いする酒ぁ滝なりに、ゴッゴッと下に流っで来たど。夜中にどうどうつう音に魂消て起きてきた親父も、これを見て大怒り、 「せっかく法事に使うべと思って作っておいた酒桶破るなて、とんでねえ奴だ」 て、ポカポカ寝ぼけ面(つら)を張りとばしたど。次の朝になって、 「貴様のような奴は家にもおかれない」 て、とうとう握り飯と箒を持たせらっで、勘当さっじゃど。 「毎日怒られっこなくて、この方ぁ、却ってええや」 て、もともと呑気なもんだから、ブラブラあてもない旅に出てしまったど。箒をかついで昼間は他人の門口に立って、食いものをもらい、夜は他人の軒場やお堂に泊るだけで、何の慾もないがったど。 その日も食うだけぁ他人からもらって、夜ぁ人も住んでいない山寺に泊ったなど、そがえに寒くない着たきり雀で、ゴマンと寝ていると、夜中に本堂の方で何かいっぱい音ぁする。なんだべって行って見たら、「いや、いたいた」赤猫・白猫・黒猫、それに三毛猫・虎猫など、なんぼいたか数えらんねほどいだったど。そいつぁぐるっと環になって、 「おとらどんが腰抜けで、いっこう拍手ぁ揃わない、ゴロニャオ・ゴロニャオ」 て踊っていたど。いやぁそのにぎやかなこと、にぎやかなこと。その中の大っけえ虎猫ぁ一匹、ピョコン・ピョコンと仲間はずれに踊っていたど。 ブツも始めのうちぁ黙って見ていたっけが、余り面白くなって箒かついで、いきなり飛び出して、仲間にはまったど。そして大音(おおおと)出して歌ったずも。 「見ても聞いても、いーらんない。デッツクバッカ、スッカッカ」 猫どももすっかり魂消てしまったけが、もともとわるい気ではまったなでもないもんだから、 「おとらどんが腰抜けで、見ても聞いても…」 て歌い合って、今までよかも好ましくしたど。虎毛猫ばりピョコン・ピョコンと痛いそうにして跳ねているなぁて見て、聞いてみたら、 「この間、魚くわえて来(く)っどき、石打(ぶ)っつけられたもんだから、ビッコになった」 「うなだど、むごさいごんだ」 て思っているうちに、もともと猫の好きなブツなもんだから、家の人ぁ、 「猫にマタタビぐらい薬になるし、好きなものぁない」 て言ってたこと思い出したど。そいつ猫に話したら、「ええこと聞いた」て、そこは夜目の利(き)くこと、お手のものだ。ガサガサ裏山さマタタビの木の皮剥ぎに行ったど。ほしてその皮ぁクチャクチャに噛みつぶして痛いとこにつけたら、猫共は大喜びだったど。その虎の毛は猫どもの大将だったど。ほじゃから、お医者さまに何やったらよかんべと相談したど。一匹の猫ぁ、 「人間共ぁ、あんまり大切にしてる小判、なんぼかうまいもんだべと思って、財布がらみくわえて来たつけが、あげなもの食れるもんでない、一つあれをやったら…」 て言い出したど。 「ほだほだ、そいつぁええ」 て相談ぁ決ったど。猫に小判の入った財布をもらったブツは使いようも知らない。「こげなもの何しべえ」て言いながら、握り飯包んでもらった風呂敷に背負って、また家さ帰っていったけど。 近いうちに法事しんべぇと思って、 「ブツ・ブツ、明後日(あさって)法事しっどこだから、和尚さま来て、お経上げておごやえて、おつかいして来い」 て、親父に言いづけらっだど。そうしっど、「オイッ」と皆まで聞かず駈け出したが、あんまり早く行って来たので、「行って来たか」と聞くと、 「何ていうんだか聞かなかったから戻って来た」 て言うなだど。困った奴だと思いながら、 「和尚さま、和尚さま、明後日法事するとこだから、来ておぐやえて言うんだぞ」 て丁寧に教えた。そしたば、 「和尚さまて、どこにいるんだべ」 て聞いたど。 「和尚さまはな、お寺つう大きな家にいてな、黒い法衣を着て、首にはきれいな袈裟つうものを掛けているのだから…」 て、よっく教えた。「こんどは分った」て、また駈け出して行くなだったど。そしてまた早く帰って来たもんだから、「行って来たか」て聞くと、「行って来たげんども、なんぼ『和尚さま』って言っても返事しねぇ、あんまりいまいましいので帰って来た」て言うのだど。そげな筈ぁないと思ってよく聞くど、 「高い木に上っていだ」 て言うから、よく聞くど、 「黒い衣きて、コンコンて、木ぁ啄いていて、何んぼ言っても返事もしない」 ていうもんだど。不思議も道理、なんと、ケラツツキ(キツツキ)だったど。 「きさまのような奴は、あったもんでない て、おんつぁっだど。(怒られた) |
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