4 和尚と小僧

 (1)寒風(かんかぜ)ぁ変った
 むかし、あるところに、一人の小僧をもったお寺さんがあった。寒中の寒いさむい風を何とか利用する方法がないものだろうかと考えた結果、もともと賢い和尚さんなので、大きな甕を買ってきて、蓄えることだった。そして暑い土用の最中、蓋を少し開いて小出しにして使うことだった。茹(う)だるような土用の最中には、涼しい寺でも暑さを感じる。
「ああ、涼しい涼しい、ウチワもセンスもいらんちゅうもんだ」
 と、一人悦に入っていた。大甕の蓋を少しあけて、汗ばんだ和尚さんの肌に寒い風を送る。それをうっとりと受け留める和尚さんの顔には、極楽の法悦さえ浮かんでいた。小僧はさんざんコマネズミのように朝から晩まで働かされる自分も、何とかあやかりたい、「小僧、貴様も来い」と呼立てするが、いっこうにそんな気振りがない。
 ところが、ある暑い、草木も枯れるような午後、
「ああ涼しい涼しい、極楽じゃ」
 と言っているとき、檀家から、
「不幸が出たから、枕経を上げて下され」
 という使いの者が来た。そこで和尚は大甕にキッチリ蓋をして支度して出かけた。
 留守番の小僧は恐ろしいものにさわるように、蓋を少し開けると、中からスウーと涼しい風が出て来た。
「これは堪(こた)えられない」
 と、なおも蓋をずらして当たると、今まで汗ばんだ体が、見るみるうちに涼しくなって、とうとう眠ってしまった。
 いっとき経って、「ハクション」、自分の咳で目をさました時は夕ぐれになっていた。「あっ、蓋を…」と甕にかけよって見たときには、甕の中からは、少しも風は吹いていなかった。そこで小僧は空っぽになった甕にオナラを沢山つめて、ギッシリ蓋をして、素知らぬふりをしていた。
 次の日の午後も前の日に劣らぬ暑い日であった。
「どれまた今日も一つ涼むことにしようかな」
 和尚さんは一人言をいいながら、汗ばんだ手で甕の蓋を開けた。すると、いつも涼しい風が吹いて来るのに、今日は堪らない悪臭が吹いて来るではないか。びっくりして甕の中をのぞくと、気絶しそうなオナラの嗅い…。
「寒風ぁ変った。寒風ぁ変った」
 と、大声をあげた。
(話者 安部但馬)
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