１５　古屋のもり

　むがしあったけど。
　ある山ん中に家 (え) あってなぁ、ほごにぁ爺さまど、わらすこぁいだけど。わらす こぁ、夜 (よ) んまなっど、いづでも爺さまに、むがし語 (かだ) てもらていんなだけど。
　ある雨の降る暗 (くれ) ぁ晩、囲炉裏 (ゆるり) の傍で、わらすこぁ爺さまどさ、
「爺さま爺さま。この世の中で、一番恐ねぁおのぁ何だおんだべ」
　て聞だど。ほしたば爺さまぁ、
「んだなぁ。恐ねぁおのぁさまざまいんども、こげぁた雨の降っづぎぁ、ないん たて、古屋の漏りぁ一番おかねぁべなぁ」
　ていうけど。ほんで、わらすこぁ、
「古屋のもりてほんげぁぇ恐ねぁおのがぁ」て言 (ゆ) たば、爺さまぁ、
「んだんだ。古屋のもりづぁ、泥棒ゆが恐ねぁおんだ」
　ていうけど。ほしたば、わらすこぁ、
「ほう。ほんげぁぇ恐ねぁおのが。んでぁ、狼ゆが恐ねぁおのが」て聞だば、
「んだんだ。狼なのゆが、ずっと恐ねぁおんだ」つけど。
　ほん時、狼ぁ山がら出はて来て、ほごの家 (え) の馬こ食いでぁくて、馬屋の傍さか ぐっで、爺さまだ寝んな待ぢっだがったど。ほうして、ほの話聞っだけど。
　ほうして、狼ぁ、
「ほう。人 (しと) だて、他の生物 (いぎおん) だて、皆俺ぁどご一番恐ねぁていうども、この世の中 にぁ俺より恐ねぁおのぁいんなが。なんたおんだべ、恐ねぁごど」
　ど思 (も) ていだけど。
　ほれがら、ほごの家にぁええ馬こぁいだていうなで、馬泥棒も馬こ盗みだくて、 裏の口 (ぐぢ) の軒端 (ぬぎぱ) さ来て、ほの話聞っだど。ほうして、馬泥棒も、
「ふうん。狼ゆが恐ねぁなが、古屋のもりずおのぁ、ほんげぁぇ恐ねぁごったら、 うっかりしてらんねぁな」
　ていだけど。ほのうづん、爺さまぁ、
「今夜こんげぁぇ雨ぁ降てきたおん、そろそろ古屋のもりぁ来んぞ。ああ恐ねぁ ごった」
　ていうけど。ほしたば、ほれ聞った狼ぁ、
「ほんげぁぇ恐ねぁぇおのぁ、そろそろ来んながは。んでぁ、俺ぁこげぁぇして らんねぁ。捕 (しめ) らえっどえぐねぁ、逃げねぁんねぁ」
　て、びぐびぐしったけどは。馬泥棒も、ほれ聞で、おかねぁおんだど思 (も) て、び ぐびぐしったけどは。
　ほうしてるうづん、爺さまぁ、大っき声で、
「ほらきたっ」
　て言 (ゆ) たば、狼ぁどでしてしまて、あわくて裏の口の方さ、どんどど逃げだど。 ほしたば裏の口にいだ馬泥棒ぁ、黒えおのぁ走して来たはげぁぇ、馬こぁ、古屋 のもりぁ来たはげぁぇ、恐ねぁくて逃げで来たど思て、捕るかんじょで、狼の首 さ抱 (たぐ) づえだど。んでも、はっつぉえおんで、首たまさ抱 (たぐ) づえだば、引張らっでし まて、狼の背中 (へなか) さのへらっで、しまたけどは。
　ほうすっど、狼ぁどでして、古屋のもりにのらっだど思 (も) て、恐ねぁくて恐ねぁ くて、乱気んなて山さ走して行 (え) て、一晩山うづ走してありたど。
　ほうしてるうづん、狼ぁくたびっで止またど。ほしたば、ぽえんと自分 (おわ) 前 (めあえ) さ、 人ぁ落ぢできたけど。ほうすっど狼ぁ、
「なんだ。古屋のもりだど思て、恐ねぁくていだば、人だてぁ。これぁありがでぁ。 早速ごっつぉなんべ」
　ていうなで、馬泥棒ぁ、たぁだ狼に食っでしまたけどは。とんぴん からんこぁ ねぁっけどは。
（話者　高橋久米次郎）
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