2 鬼婆んばむがし

 むがしあったけど。
 ずうっとむかしなぁ。あるどさ、爺さまど婆さまいだけど。二人 (したり) ぁ子供ぁいねぁ おんだはげぁぇ、何時 (いっつ) も子供一人 (しとり) おしなて諜べていっがったど。
 ある時 (づき) 、爺さまぁ山さ行 (え) たば、道端さ赤子 (あかこ) おぼこぁおがって泣 (ねあえ) っだけど。ほん で爺さま、
「なえだべ。こんたどさ赤子ぁいだじゅ。誰ぁ置えで行 (え) たおんだべ」
 て、あだり見だども、誰もいねぁし、ほのうづん来んべど思 (も) て待 (ま) ぢっだど。ほ んでも晩方なても誰も来ねぁじゅおん。んだはげぁぇ爺さまぁ、おぼこ欲して、 何時も喋ていだはげぁぇ、神さまさずげでくっだなだべど思 (も) て、ほの赤子自分家 (おわえ) さ 抱で来たど。
 ほうして、
「婆さま、婆さま。先ず見ろ。めんごげだ赤子おぼこ拾ろて来た」
 て、婆さまどさ見へだど。ほしたば、婆さまどでして、
「なえだどや爺さま。本当だがや」
 て、水屋 (みじや) がら出はて来たけど。ほうして、爺さま抱 (であえ) っだおぼこ見て、
「なんだてめんごげだおぼこだごど、えがったな爺さま」
 て、うんと喜だけど。
 ほうして、二人 (したり) して大事 (であぇじ) んして育でだずおん。ほのおぼごぁ、女子 (おなご) わらすこだ けど。ほうして育ででいるうづん、ほの女子おぼごぁ、だんだん大っきくなたべ、 ほうして、十二、三ぐれぁぇなっど、婆さま水屋仕事しろ、ほら庭掃げ、ほら家 (え) の あだりの草むすれて、使うようになて、十五、六んなっど、こんだ、田の仕事だ、 畑だて、こぎ使うよんなたけど。んでも、ほの女子わらすこぁ、はえはえて何で も一生懸命なてすっけど。
 ほうしているうづん、十七、八んなて、ええあねこんなたべ、ほうすっど、婆 さまぁ、朝まぁ、こ早ぐから起して働がへるし、夜んまだ夜んまで、水屋しめぁぇ はさへる、ほれぁ終っど、洗濯 (へんたぐ) しておげ、ほら着物のほごろび縫え、ほら下着縫 え、爺さま着物縫えて、夜んまもろぐん寝へねぁぇで使うなだけど。んでも、大 人しあねこで、まずまずは、わり顔 (つら) しとつ見へねぁぇで、何時でも、はえはえて 働ぐあねこだけど。
 ほのうづ、あねこもえあんべぁぇの年だべし、爺さまど婆さまぁ、孫見でぁぇ ぐなたあだど。ほんで、聟もらわねぁんねぁていうなで、聟さがししたど。ほう してさがしたば、こごだば、中田みでぁぇんた所 (ど) さ、弥兵衛てええ若者 (わがあぇおの) いだけ ど。
 ほんで爺さまぁ、弥兵衛家 (え) さ行 (え) て、
「どうが、弥兵衛さんどご、俺ぁ家さ聟んくっでくんねぁべが」
 て頼んだら、弥兵衛えの親爺さまぁ、
「んだが、んだが、んでも、お前家 (めぁええ) のあねこあどごぁまだ知らねぁがら、弥兵衛 どご、お前家さやてみで、弥兵衛ぁ、えてゆえばあげあす」
 つけど。ほんで爺さまぁ、弥兵衛ぁどご、自分家あっつこっつ見へだど。ほう したば、弥兵衛ぁ、聟ん来るていうけど。
 ほんで、弥兵衛ぁどご聟んもらて暮しったど。んでも、婆さまぁ、あねこぁど ごこき使うな、けぁぇてひどぐなたけど。先づは、本当ん、夜んまもろぐん寝ら んねぁぇくれぁぇだけど。ほんで、あねこぁ困て困て、
「俺せぁぇも家 (え) にいねばえなだべ。これだばとでも家になのいらんねぁぇは」
 ていうなで、とうどう、家出でしまたけどは。
 あねこぁ、家出だども、行ぐどごあねぁぇべ、仕方ね、何処だていうあでねぁぇ ぐ歩 (あり) て行たど。ほうして歩てるうづん、暗ぐなてしまたけどは。んだはげぁぇ、 向うさ灯ぁ見 (め) っさげぁぇ、ほごさ行て泊めでもらうべど思 (も) て、ほごの家さ行て、
「お晩です。お晩です」
 てゆたば、婆さま出はて来たけど。ほんで、
「道迷てしまて、暗ぐならっだはげぁぇ、今夜 (こにや) 一晩泊めでもらわんねべが」
て頼だど。ほしたば、婆さまぁ、
「でやでや。ほれぁ困たべ。泊まれ泊まれ」
 て泊めでくっだけど。
 ほうして、泊めでもらて、奥の座敷さ寝へでもらたど。ほしたば、夜中ん夢見 だけど。白え着物きた神さま、あねこぁ枕元さ来て、
「あねこあねこ。困るごどぁ出来 (でげ) だら、櫛ど、草履ど、手拭さたのめ」
 ていうけど。ほうして、すうっと見ねぐなてしまたけどは。
 ほのうづ、目ぁ醒めだけど。
「何 (なえ) だておがし夢だおんだ」
 ておもたど。ほうしていだら、水屋の方で、じゃりっ、じゃりって包丁 (ほえじょ) でも磨 ぐよだ音ぁすっずおん。
「なんだべ、この夜中ん包丁なの磨ぐよんた音ぁするおんだ」
 て、水屋の方さ、そっと行 (え) てみだど。ほしたば、髪やしゃやしゃして、口なの 耳んどごまで裂 (さが) った鬼婆んば、大っき包丁磨ぎしったなだけど。あねこぁ、どで して、どでしてしまて、
「これだば、だまてっど鬼婆んばに食 (か) っでしまうばんだは」
 て、おかねぁぐなて、おかねぁぐなて、そっと逃 (ね) げるかんじょで、草履 (じようり) つっか げで出はたど。ほうして、入口 (へあえりぐぢ) の戸開げっだば、たでづげあえぐねぁくて、戸ぁ、 がだがだて音ぁすっけど。ほしたば、ほの音聞で、鬼婆んば、
「このぼっこ逃げだなっ」
 ていうど、「このぼっこぁ待でー、このぼっこぁ待でー」て追 (ぼ) かげで来たけど。
 あねこぁ、おかねぁくて、おかねぁくて、命がけんなて逃げだど。んだて鬼婆 んばだおんだおん。早 (は) えおんで、ほのうづかつがれそんなたけどは。ほうすっど、 神さま困た時 (づぎ) ぁ櫛さ頼めて、このごどだなど思 (も) て、自分 (おわ) 頭さ挿しった櫛とて、
「俺ぁうすろさ、むぐらんねぁよだ柴やら出はれっ」
 ていうど、ほの櫛、自分うすろさ、ぐえっと投げだど。ほうしたば、あねこぁ うすろさ、たぢまぢ、むぐらんねぁよだ柴山出はたけど。
 ほんで鬼婆んば、
「あらっ。こんた柴やら出はたじゅは。」
 て、柴山の前 (めあえ) で、うろうろしったけども、
「なんだ、こんたおのぁ」
 ていうど、むりやり、がさがさめがして、むぐり始めだけど。んだてながなが むぐらんねぁがったど。んでも、ほれ鬼婆んばだおんだおん、荒 (あれ) ぁくて、てまか がて、がさがさどむぐっけど。ほうして、漸ぐむくて、まだ、
「ぼっこ待でー、ぼっこ待でー」
 て追 (ぼ) かげでくんなだけど。
 あねこぁ、おかねぁくて、おかねぁくて、どんどど逃げだど。んだて鬼婆んば だおんだおん、早 (は) えくて、早 (は) えくて、ほのうづん、まだ追 (かつ) がれそんなたけどは。 ほんで、神さまに教へらっだよん、自分 (おわ) 履 (へあえ) っだ草履脱えで、
「俺ぁうすろさ、大っき岩山出はれっ」
 ていうど、ほの草履、自分うすろさ、ぐえっと投げだど。ほうしたば、人 (しと) なの 登らんねぁよだ岩山出はたけど。ほうすっど鬼婆んば、
「なんだて、こんだ、こんた岩山出はりあがたっ」
 ていうど、今度 (こんだ) 、ほの岩山の柴なの、つたさなの手かげで、うんうんうなりな がら難儀して、ほの岩山越えで、
「こらー、ぼっこ待でー、ぼっこ待でー」
 て追 (ぼ) かげで来たけど。
 あねこぁ、おかねぁくて、おかねぁくて、どんどど逃げだど。んだて鬼婆んば だべ、
「ぼっこ待でー、ぼっこ待でー」
 て、どごまでも追かげでくっずおん。ほうして、まだ、追 (か) つがれそんなたけど は。ほんで、あねこぁ、神さまの言 (ゆ) たとおり、今度ぁ、腰 (こす) さはさんだ手拭とて、
「俺ぁうすろさ、大っき川出はれ」
 て、ほの手拭 (ぬげ) 、自分うすろさぐえっと投げだど。ほうしたば、今度ぁ、大っき 川出はたけど。鬼婆んば、
「なんだて、きしゃわりちゃ、今度ぁ川がは」
 ていうど、ほの川さじゃぶじゃぶど入 (へあ) えて行て、川こぎ始めだけど。んだて大っ き川なおんだおん、なんぼ鬼婆んば荒 (あれ) ぁたて、ほんげぁぇ直ぐなの越えんねぁべ、 んだおんだはげぁぇ、鬼婆んば手間とてるこめぁぇん、あねこぁ、どんどど逃げ で行たど。
 ほうして、命がけなて、ずうっと逃げてえたば、お寺あっけど。ほんで、あね こぁ、わらわらどお寺さ行て、
「和尚 (おす) さん和尚さん、まづ早ぐ助けでころ。鬼婆んばに追わっで、漸ぐこごまで 逃げで来たぁだ。ほごん所 (どご) まで追て来たあだはげぁぇ、まずまず早く助けてころ」
 て言 (ゆ) たば、和尚さん、「んだが」ていうど、あねこぁどご、しゃみ壇の下さかぐ してくっだけど。ほごさ鬼婆んば、
「和尚、和尚。今、此処さぼっこぁ一人逃げで来たはんだ、何処 (ど) さかぐした。出 さねぁぇどお前 (んつ) どごも食うぞ」
 て、鬼婆んば来たけど。ほんでも和尚さん知らね振りして、
「誰も来ねがったな。其処 (ほご) らあだりさがしてみんだ。来たが来ねが分るんだは げぁぇ」
 ていうたおんだはげぁぇ、鬼婆んば、
「来ねが。来ねば仕方ねぁ。どっちさ行たべ」
 て、鬼婆んば、行くかんじょしたけど。ほんで、和尚さん、
「待で、待で。折角 (へっかぐ) 来たぁだ。俺ど化げくらべして行 (え) げ。俺より上手 (じょん) だば俺ぁど ご食 (か) へる。どうだ」
 て言 (ゆ) たど。ほしたば鬼婆んば喜ごで、
「んだが。ほれも面白へ。んであすっが」
 つけど。ほんで和尚さん、
「んでぁ、まず、お前 (めあえ) 化げでみろ」
 て言 (ゆ) たば、鬼婆んば、
「んだが。んでぁ、何でもなっさげぁぇ、ゆてみろ」  ていうけど。ほんで、和尚さん、
「ほっが、んでぁ、てんとう虫んなてみろ」
 て言 (ゆ) たべ、ほんで鬼婆んば、「ほっが」ていうど、小 (ち) っちぇぁてんとう虫になた けど。ほうすっど和尚さん、「今だ」ていうど、傍の木魚ただく棒たがえで、ありっ たげの力で、鬼婆んばの化げだてんとう虫ただぎづげで、殺してすまたけどは。
 ほれがらな、和尚さん、しゃみだんの下がらあねこぁどこ出して、あねこぁど さ、
「鬼婆んば、俺に殺さっだはげ心配 (すんぺあえ) すんな」
 て教へで、
「あねこあねこ。お前、何処 (ど) から来たや。ないだどて鬼婆んばいるよだどさ行た おんだや」
 て聞だど。ほんで、あねこぁ泣ぎながら、
「実 (ずず) あ、こういう訳で、あんまり婆さまぁ、俺ぁどごいづめるおんだはげぁぇ、 俺せぁぇもいねばえべど思 (も) て、何処 (ど) さ行くあでもねぁぇぐ、自分家 (え) がら出はて来 なでぁぇす」
 て教へだけど。ほしたば和尚さん、
「うう。むぞせぁぇどごもある。んでも、ほれだばお前 (めあえ) 考げぁぇ浅せぁぇ、世の 中にぁ、神さまもいれば、仏さまもいる。神仏ずぁ、誰ぁどごでもちゃんと見で でくえるおんだ。お前 (めあえ) 、婆さまどごうらみながらなの、なんぼ一生懸命なて働ぁぇ だたて、婆さまさ、お前の心なの通ずるおんでねぁ。年とた婆さまぁ婆さまで、 年なりに一生懸命なて働ぁぇでいるおんだ。お前婆さまどごかばう気持ぁねぁく て、ただ、俺ばり難儀しねぁんねぁ、いっさげぁぇ駄目だなだ。ええが、今度ぁ 婆さま婆さまて、婆さまどごいだわてやれ。ほれがら、このまんじゅくっでやる。 これ持て行て、今日ぁ、お寺詣 (めあえ) りして、このまんじゅ、和尚さんがら、うんとご 利益あるまんじゅだげぁぇ、必ず婆さまどさも食 (か) へろ。て、くれぐれも言 (ゆ) わっで きたあだてな。ほうしてなあ、家 (え) だまって出はて来て、心配 (すんぺあえ) かげで申訳 (もうすわげ) ねぁがっ たども、夢でお告げさっで、家の人 (し) 達 (たづ) さだまて出はて、お寺参りしてこねぁば、 ええわらすこぁ生 (うま) んねぁぞ。てゆわっだおんだはげぁぇ、だまて出はて来て、本当 (ほんとん) 申訳ありぁへんでしたて、行けよ」
 て、和尚さんに、こんこんどさどさったおんだはげぁぇ。あねこぁ、漸ぐ分が て、自分 (おわ) 本当の誠心 (まごごろ) で親達さ仕えねがったがらだ。今度ぁ家さ帰 (けあえ) たら、必ずみん なさ同じ心であだらねぁんねぁて分がたけど。ほうして、和尚さんさ、えっくん お礼申して家さ行たど。
 家さ行たば、家内中、どさ行 (え) たべて心配しったけど。ほんで、和尚さんに教へ らっだ通り言 (ゆ) て、皆さ心配さへでて、詫び言 (ゆ) て、貰てきたまんじゅ、一番先ん、 婆さまさ食 (か) へだぁだど。
 ほしたば、婆さま、ありがてぁぇまんじゅだて拝んで、ほれごそ喜ごで食った けど。ほれがらじゅおのあ、皆いだわりあうよんなて、うんと幸福 (しっしゃわへ) ん暮すよん なたけど。とんぴんからんこぁねぁっけどは。
 
(話者 高橋久雄)
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