20 初夢

 むがしあったけど。
 ある時(づき)なぁ、殿さま正月五日家来達(たづ)どごお城さ集(あづ)べで、皆なんた初夢みだが語(かだ)て聞がへろ、ていうけど。ええ夢づぁ語るおんでねぁ、て昔から言(ゆ)わっでおんだども、殿さまがら聞がっておんだはげぁぇ、一人(しとり)一人語て聞がへだど。
「おれぁ、何処(どご)だが分らねぁども、戦(えくさ)さ行(え)て重でぁぇ鎧着て、一日中あっつだこっつだて走して歩(あり)て、今朝んなたら疲(くたび)っだけは」
 て言うなもいだけど。或人(しと)ぁ、
「おれぁ、お城のお庭で、殿さまどから、おてまえいだでぁぇだ夢だけ。とでもええ天気で、鶯ぁ鳴(ねあ)っだけし、ほのお茶のんめごど、まだあんげぁぇんめぁぇお茶なの飲だごどあねぁよだけ」
 なて言うなもいだけど。
 或る若(わげ)ぁぇ男ぁ殿様に、「お前はどんな夢を見だ」て言(ゆ)わっだども、ほの若(わげ)ぁぇ男人(しと)あ、「この夢ぁ教へられぁへん」て言(ゆ)たきりで、なんぼしたて教へねぁけど。ほんで殿さま、怒(ごしえ)で、
「家来の分際で、主人に教へらんねぁなてねぁべ。よしっ、それなら」
 ていうごどんなて、ほの男人ぁ、島流しんさっでしまたけどは。
 ほの男人ぁ勇気もあるし、ながなが利口(りご)た人でぁぇったど。ほうしてほの男人ぁ、ほの島の高(たけ)ぁぇ木さ登(あが)て周(あだ)り見たば、向うの方さお城みでぁぇんたな見(め)っけど。ほんで「んでぁよしっ、鬼こぁだいだていうあのお城さ行(え)てみんべ」ていうなで、ほごさ行てみだど。
 ほうしたば、やっぱり鬼こぁだいで、出はて来て、ほの男人捕(おどごしとし)めで、鬼の大将んどさ連(つ)で行(え)たど。ほうしたば鬼の大将ぁ、
「お前(めあえ)、なんずして処(こ)所(ご)さ来た」
 て聞ぐけど。ほんで、
「俺ぁ初夢教へねぁどて、殿さま怒(ごしゃあ)がっで島流しんさっだぁだ」
 て言(ゆ)たど。ほしたば、
「なして教へねぁがった」
 ていうはげぁぇ、ほの男人ぁ、
「ええ夢じゅぁ教へらんねぁおんだ、て昔からいうはげぁぇ、おれぁええ夢みだはげぁぇ教へねぁがったぁだ」
 て言(ゆ)たば、鬼の大将ぁ、
「ほんげぁぇええ夢だば、おれぁ聞ぎでぁぇはげぁぇ教へろ」
 っけど。ほんでもほの男人ぁ、
「この夢ぁなんずしても教へらんねぁ」て言(ゆ)たば、
「なんだど、このおれさまさも教へらんねぁていうなが。教へらんねぁごったら、食てしまうぞ」
 て、威(おど)すけど。ほうすっどほの男人ぁ、
「あげぁぇたええ夢ぁ、なんぼ殺すて言(ゆ)わっだて教へらんねぁ。殺すなだば殺さっでもえ。食うなだば食(か)っでもえ。おれも男だ。さあ、好ぎだよんすろ」
 て言(ゆ)たば、鬼の大将ぁ、
「う! お前(めあえ)みでごろぁある。勇気ある男だ。よしっ、助けでやる。暫(すばら)く此所(こご)で暮へ。ほうして教へでもええ時(づぎ)ぁきたら、おれぁどさ教へろ」
 て言(ゆ)て、家来達(だ)さ、
「ええが、お前達、今日からこの男をお客(ぎゃぁぐ)だと思てあづがえ」
 て言(ゆ)てくっで、大切(でぁぇじ)んさへだけど。
 ほうして暫ぐ暮していだば、或時、鬼の大将ぁ、ほの男人呼ばて、「どうだ。まだ語らんねぁが」て聞ぐけど。ほんで、
「まだ語らんねぁな」て言(ゆ)たば、
「んでぁ、おれぁ鬼が島のとっておぎの宝物(おの)見(め)へる。これぁ人間の世界にぁなんぼさがしたてねぁおんだ。此所でだてまだ家来達(だ)どさも見へだごどのねぁ宝物だ。ほんで、ほの宝物見で、これだば見(め)へでもらた価(あでぁぇ)ある。夢語る価あるど思たら語れ」
 て、ほの宝物出してきたけど。一(しど)づぁ、水に沈まね下駄だけど。二(した)っつ目ぁ、烏の白羽で、これで体なでっど、日本一の智恵のある、色白のええ男人なる珍らす羽だけど。三っつ目ぁ、だおの黒羽で、これで体なでっど、めくせぁぇ黒ん坊になんなだど。四っつ目ぁ、青葉の笛じょんで、この笛吹ぐど、聞(き)だごどもねぁええ音(おど)ぁ出で、天飛ぶ鳥も羽をよどめ、地を這う虫は足をよどめる程の音色出す笛だど。
 ほういう宝物四っつ見(め)へだけど。ほんでほの男人ぁ、
「なるほど、これは世にも珍しいものばりで、人間の世界には無(ね)ぁぇ物ばりのよだ。んでも、どれもただ見だばりでぁ分らねぁ。一度(いぢど)試してみで、これだば本当(こ)だていう事分れば、おれの夢語て聞がへる。海も近(ちつ)けぁぇし、海ばださ行(え)て試してみんぺ」
 て言(ゆ)たば、鬼の大将ぁ、
「んだが。んでぁ見でろ、試してみっさげぁぇ」
 ていうけど。ほうすっどほの男人ぁ、
「お前試したて駄目だ。おれぁどさ試さへでみろ」っけど。ほんで、
「んだが、んでぁ貸すはげぁぇ、試してみろ」ていうけど。
 ほうして、男人ぁ、ほれ借りっど、まず、青葉の笛腰ささして、沈まねぁ下駄履(へあ)ぇで、烏の白羽どだおの黒羽持(たが)て、海さ入(へあ)て行(え)てみだど。ほうしたば、やっぱり沈まねぁで海の上(ゆえ)自由に歩(あり)ぐえなだけど。ほれ分っど、ほの男人ぁ、「これぁええおんだ」ていうど、どんどと向うさ走して行(え)てしまたけどは。鬼の大将あ、なんぼ戻れて叫(さが)でもきがねぁで海の上(ゆえ)何処までも、日本の国の方さ逃(ね)げで行てしまたけどは。
 ほうして、陸さ着(つ)でみたば、其処(ほご)ぁ酒田だけど。まず良(え)がったど思(も)て、だおの黒羽で体をなででみだば、鬼の大将ぁいう通り黒ん坊んなたけど。ほうして、何処が大っき家(え)で使てもらわんねぁべかど思(も)て、あっつこっつ歩(あり)たど。ほうしたば、ほれごそ大っき、まだ見だごどねぁ立派だ屋敷ぁ、あったけど。ほんでこごだば使てくえるんねぁべがど思(も)て、ほごの家(え)の門くぐて入(へあ)えてみだど。ほうしたば、其処ぁ本間さまでぁぇったど。
 ほうして、「なんでもええはげぁぇ、なんずが使てもらわんねぁべが」て言(ゆ)たば、ほん時(づき)かまど焚ぎしった黒ん坊(ぼ)に逃げらっで、さがしったおんだはげぁぇ、自分(おわ)家(え)の黒ん坊ぁ戻てきたぁだど思たども、ええぐ見っど違う黒ん坊だけど。んでも、かまど焚ぎする者(おの)ぁいねぁぐなたおんださげぁぇ、丁度えどて、使てもらうごどんなたけど。ほうして、ほの男人(おどこしと)ぁ、本間さまさ住み込(ご)で、かまど焚ぎして使わっでだけど。
 ほの頃、本間さまにぁ、三人の娘ぁいで、姉ぁ松こ。次ぁ竹こ。末の娘ぁ梅(んめ)こていうなだけど。
 ある時(づき)、梅こぁ、夜んまおそぐ、便所さ起ぎだば、黒ん坊の室さ、まだ灯りあっだけど。ほんで梅こぁ、「黒ん坊ぁ、今頃まで起ぎでで、何しったおんだべ」ど思(も)て、そっと覗(のぞ)こでみだど。ほうしたら立派だ若(わげぁ)ぇ男人ぁ机さ据て、本出して勉強しったぁだずおん。
 梅こぁ、「なえだて、此処ぁ黒ん坊ぁ室だでぁなあ。黒ん坊ぁいねぁで、若ぇ人(しと)ぁ勉強しったおんだ。不思議(おがし)ごど」ど思(も)たども、先ず、明日、まだ見んべど思(も)て寝だど。ほれぁ、ほの男人ぁ、烏の白羽で体なでで、立派んなたぁだなて知らねぁんだおん。
 梅こぁ誰つぁも語らねぁで、次の晩まだそっと行(え)て見だば、やっぱりええ男人ぁ勉強しったけど。梅こぁ不思議で不思議でしかだねぁがったども、誰ぁどさも喋らねぁで、ほのうづん分んべど思(も)て黙っていだけど。
 ほうしているうづん、酒田の山王さんのお祭りんなて、娘達(だづ)も山王さんさ、お参(めぁぇ)り行ぐごどんなたけど。ほんで本間の旦那さまぁ、黒ん坊ぁどさ、
「厩(まや)がら馬出して、三つのかまどさ湯えっぺぁわがして、三匹の馬えぐ洗らて、娘達のへでやれ」
 つけど。ほんで黒ん坊ぁ、朝ま早ぐから、三つのかまどさ火焚(て)ぁで、えっぺぁ湯沸して、馬かわりがわり出して、三匹綺麗(きれ)ん洗らて待ぢっだど。ほうしたば、娘達ぁ、お祭りだおんだはげぁぇ、ほれごそ綺麗だ着物(きおの)きて出はて来たけど。ほんで黒ん坊ぁ、先づ、松こぁどのへだど。ほして、のへっ時(づき)、松こぁけっつ、ぎりりひねたど。ほしたば松こぁ、
「痛(いで)ぁぇっ。ないだべこの黒ん坊ぁ、人(しと)のけっつひねりあがて」
 て、ほれごそ怒(ごしぇ)で、ぷんぷんて乗たど。ほんでも黒ん坊ぁ、知らねぁふりしったど。ほうして、今度(こんだ)ぁ竹こぁどこのへだど。ほうして、ほれものへっ時、まだ竹こぁけっつも、ぎりりひねったけど。ほうしたば、竹こも怒で、 「なにすんなだこの黒ん坊ぁ、人のけっつひねりあがて」
 て、ぷんぷん怒で、黒ん坊ぁどごにらめっけど。
 ほうして、一(いぢ)番あどがら梅こぁどご乗へで、梅こぁけっつも、ぎりりひねたど。ほしたば、梅こぁ、ただにこにこて笑てるばんだけど。ほうして娘達ぁ出はて行ぐど、旦那ぁ、黒ん坊どさ、
「黒ん坊、黒ん坊。お前(めぁぇ)も着替(きげぁぇ)で、お祭りさ行てこえ」
 て、本間の定紋つっだ羽織ど袴貸してくっだけど。ほんで黒ん坊ぁ、自分(おわ)室さ行(え)て、烏の白羽で体なでで、立派んなて、ほの羽織着て、袴へぁぇで、青葉の笛腰(こす)さ差して、山王さんさ行(え)たけど。羽織さ本間さまの定紋ぁつっだべし、立派だ人品だおんだはげぁぇ、ほの男人ぁ行たば、町の人(し)達(だづ)ぁ、本間さまの若旦那(あんさん)どごなの見だごどぁねぁんだし、誰も黒ん坊だなて知らねぁおんだはげぁぇ、みな本間さまの若旦那だがど思(も)て、よげで通してくっで、お参りさへだけど。
 ほうして、お参りすっどほの男人ぁ、前(めぁぇ)さ出はて来て、腰がら青葉の笛とて吹えだけど。ほうしたば、ほの笛の音色ぁ、ええおんでええおんで、本当ん空飛ぶ鳥は羽をよどめ、地を這う虫さえ足をよどめるていうおんだべ、て、町の人達ぁ聞ぎ惚れでしまたけど。松こも竹こも、梅こも聞ぎ惚れっだけどは。ほうして、しばらぐ吹えで、家さ帰(けぁ)ぇて来て、帳場さ頭さげで、自分室さ戻て、着物脱えで、だおの黒羽で体なでで、元の黒ん坊んなて、旦那どさ着物返(けぁぇ)したけど。
 ほのうづん、娘達も帰ぇて来たけど。黒ん坊ぁ出はて行て、娘達どご馬がら下ろしたど。ほうして下す時、まだ、娘達のけっつひねったけど。ほうしたば、松こも、竹こもしこでぁま怒(ごしぇ)だけど。んでも、梅こばりぁ、さっぱり怒がねぁで、まだ、にこにこてるばりだけど。
 ほうして、娘達ぁ家さ帰えてくっど、旦那ぁ娘達さ、
「今日のお祭りぁなんたけ。なにが面(おも)白(へ)ごどぁ、あったけが」
 て聞だど。ほしたば娘ぁだ三人とも、
「すばらす笛聞で来た。あれぁ一番面(おも)白(へ)がった」
 て教(おへ)だど。ほしたば旦那ぁ、
「ほげぁぇたええ笛吹えだな、どごの人(しと)だけ」
 て聞ぐど。ほんでも、松こも、竹こも、「おら知らねぁええ男だけ」て言(ゆ)たば、梅こぁ、
「あれなの、おれぁ家(え)の黒ん坊だ」
 て言(ゆ)たど。ほしたば旦那ぁ、「んでぁ、黒ん坊どご呼ばてみろ」て、黒ん坊ぁどご呼ばたど。ほうして、「お前、今日山王さんさお参りしたが」て聞だば、黒ん坊ぁ、「お参りして来ぁした」つけど。ほんで旦那ぁ、「ほんでぁ、山王さんで笛吹えだが」て聞だば、「吹ぎぁした」ていうけど。ほんで、
「んでぁ、祭りさ行(え)ぐ時(づぎ)貸した羽織ど袴つけで、こごでほの笛吹えで聞がへろ」
 て言(ゆ)たば、「はえ」て、着替えできて、旦那の前でほの笛吹えだど。鳥の羽で撫でできたおんだはげぁぇ、人品もええべし、男振りもえぐなて吹えだべ。んだおんださげぁぇ、なおさら笛の音もすばらしくて、旦那も聞ぎ惚れでしまたけどは。
 ほんで旦那、うんと賞めだけど。んだおんだはげぁぇ、松こも竹こもほの男人さ惚れでしまたけどは。ほうして二人ぁほの男人聟(むご)んもらいでぁて旦那どさ言(ゆ)たば、梅こも、おれもあの人の嫁んなっでぁて言い出したけど。ほんで旦那も仕様(しよう)ねぁ、だまって庭の坪見で、なんずんしたらえがべと、考げぁぇっだけど。
 ほうして、
「お前達(めあえだ)三人で、一人(しとり)の聟おし、なてゆたて出来(でげ)るおんでねぁ。ほんでなぁ、ええが、今(えま)庭さ鶯ぁきったべ。あの鶯枝さ止ったまま、おれぁどさ持て来え。ほうして持て来た者(おの)さ貰てやる」て言(ゆ)たど。
 ほんで、まず、松こがらするごどんしたど。松こぁ、そっと鶯んどさ行たど。んでも、鶯ぁ逃(ね)げねぁけど。ほんで鶯の止まてだ枝さ、そっと手かげだど。ほんでも逃げねぁけど。ほれで、ぱちんと枝折たど。ほしたら、鶯ぁ、ぱっと次の枝さ移たけど。ほんで松こぁ、まだ、そっとほの枝さ手やたども逃げねぁで、枝折っど逃げんなで、とても駄目だけど。
 ほんで、今度ぁ竹こぁ行たど。んでも、やっぱり松こど同(おんな)じだけど。
 ほんで、今度ぁ梅こぁ行たど。梅こぁ小走りん行たども逃げねぁ。手出しても逃げねぁで、枝ぱちんと折たば、ぱっと羽ひろげだばんで逃げねぁけど。ほんで梅こぁ、ほのまま、そっとお父さん(おどっつぁ)どさ持て行たど。ほんで、旦那ぁ約束どおり梅こどさ、ほの男人聟んもらてくっだけど。
 ほの男人ぁ、最後まで初夢誰ぁどさも語らねぁがったはげぁぇ、本間さまの聟んなァ、幸福(しっしゃわへ)ん暮へるよんなたぁだべ。
 梅に鶯ていうことばぁ、梅こぁ鶯止まらへだはげぁぇいうよんなたぁだど。とんぴん からんこぁ ねぁっけどは。(集成一五六「夢見小僧」、二一一「灰坊」)
〈話者 高橋初吉〉
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