16　狐むがし　

　むがしあったけど。
　むがしなぁ、旧村の大森に、とでも賢(かすこ)え狐ぁいでぁぇったど。其(ほの)頃(ころ)ぁ、えぐ狐に騙さっだ話ぁあったおんだど。
　ほら、鏡沢(さ)だ田代だ大滝だて、旧村の人達ぁ、方々さ親戚ぁあんべ、ほの親戚で、祝事(ゆわあごど)だどが、仏事ん時(づぎ)、酒ぁ付物(つぎおの)だべ、今(えま)だてんだじゅんだ。ほの帰(けあ)ぇりにぁ、お包みぁあんべ。ほんで、酔て、お包み下げでくっどぎぁ、
「大森にぁ、かしこぁいだはげぁぇ、晩方しめぁぇなのあんまり酔てくんなよ。お父さん(つあつあ)」て言(ゆ)て、おやじ達ぁどご出してやるおんでぁぇったど。
　ほの頃、鏡沢に、甚助ていう百姓親父ぁいでぁぇったど。ほの甚助ぁ、ある時(づぎ)かがのきぬえぁ実家で、御祝儀ぁあるていうなで、落合(おじあ)滝さ招(よ)ばっで行(え)てったど。ほうして、ごっつぉなて、お包み貰らて、夜んま帰(けあ)ぇて来たど。んでも、甚助ぁ、酒あんまり飲めねぁおんだはげぁぇ、ほろっとしたくれぁで、あんまり酔わねぁがったど。ほうして、旧村通(と)て大森んどさ来た時、「ああ、んだ。こごぁ大森んどごだ。此所(こご)にぁかしこぁいだ筈だ。今日ぁ、お包みさ魚入(へあ)ったはげぁぇ、騙さんねよんしねぁんねぁ」ど思(も)て、歩(あ)りて行(え)たど。んでも、大森のあだりでぁ、誰ども行(い)ぎ合わねぁがったど。
　ほんで、これぁえあんべぁだ、ど思(も)て行(え)たど。ほうして、あどぁ、鏡沢の灯(あが)りぁめできたし、大丈夫だべど思(も)て、荒沢(さ)の橋んどごまで行(え)たど。ほうしたば、提灯下げだ娘(あね)こぁ、一人(しとり)いだけど。ほんで、甚助ぁ、まだ見だごとぁねぁ娘こなんだし、「こんた夜んまんなてがら、こんたどごさ知らねぁ娘こぁいだじゅ」ど思(も)て、これごそ大森のかしこだべど思て行たど。ほうして、甚助ぁ、娘こぁ側まで行たば、娘こぁ、
「甚助さん。今(えま)帰(けあ)ぇりおすか。おれぁ家(え)のお父さん(つあつあ)、用あっさげぁぇ、一寸(しっとえあ)寄てころつけぜぁぇ」
　て言うけど。ほんで、甚助ぁ、
「お前家(めあえ)のお父さん(つあつあ)て誰だや」
　て聞だば、「荒沢のつぁつぁよ」つけど。ほんで、甚助ぁ、荒沢の家(え)にぁ、こげぁぇた娘こぁいねぁ筈(はん)だどもて、
「荒沢の家にぁ、お前(めあ)みでぁんた娘こぁいねぁ筈(はん)だ。おれぁ知らねぁなあ」
　て言(ゆ)たべ。ほしたば娘こぁ、
「なえだて、おれぁどご知らねぁなて、おがしごどいうおんだ。えぐ見だらえべや。おれぁさだえだでぁ」
　ていうけど。ほんで甚助ぁ、
「さだえなて、おれぁ知らねぁなあ、お前(んつ)ぁ、これ欲しなだべ」
　て、お包み、娘こぁ鼻先さ突(つ)出したば、娘こぁ、手出しそんなたけど。ええ匂(におえ)ぁしたんだおん。すっど甚助ぁ、
「お前(んつ)ぁ、大森のかしこだべ。お前(んつ)ぁ、このお包み食(く)でぁくて、おれぁどご騙すかんじょでぁぇったべな。ほれ、これよ」
　て、まだ、ほのお包み娘こぁ鼻先き突出して、ぶらぶらさへだば、鼻ひくひくさへで、まだ手出しそんなたけど。んでも、今度ぁすこす後(うすろ)ひこみしたけど。甚助ぁ、わんざどお包み、まだ鼻先さ突(つ)出して、
「これ欲(お)しなだべでぁ。これこれ」
　て、ぶらぶらどさへだば、鼻ひくひくさへで、後(うすろ)さひこで行(え)て、丁度橋の真中頃までひこだけど。ほの橋ぁ、細(ほそこ)え橋なおんだはげぁぇ、甚助ぁ、こん時だていうど、娘こどご、どえらおつけで、沢さ落どしてしまたけどは。
　ほん時(づぎ)ぁ、前(めあ)の日でぁぇぶ雨ぁ降たおんだはげぁぇ、沢の水ぁえっぺぁ出っだあでぁぇったど。んだはげぁぇ、沢さ落どさっだかしこぁ、流さっでえてしまたけどは。甚助ぁ、
「畜生ぁ、ええごどした。何時(いっつ)も何時(かっつ)も人(しと)騙しあがて、罰(ばづ)ぁあだたんだ」
　て、家さ行(え)たけど。
　かしこぁ、沢さ流さっで、もう少すで大っき川さ出はっどこて、柳の枝さたぐづで漸ぐあがてきて助かたけど。ほうして、
「甚助、あの野郎ぁ、憎え野郎だ。みでろ。何時(いづ)が仇とてくえっさげぁぇ」
　て、づぶ濡れんなて、大森の方さ行(え)ぐけど。
　ほれがら十日ばりあど、十(じゅう)三郎(ざぶろ)の馬こぁ、病気で死だけど。ほんで、皆してほの馬こ埋(ん)めだど。ほうして、ほの馬こ埋めでがら、ほごらあだりさ、毎晩狐ぁ来てなぐおどぁすっけど。ほんで、次の日見っど、土掘っちゃくた跡(あど)ぁあんなだけど。んだて、狐なの掘てみだて、馬こまで掘れねぁでいだけど。
　ほうしているうづ、ある時(づぎ)、晩方暗くなたら雨こぁ降てきたけど。甚助ぁかがのきぬえぁ、 「あらっ、雨こぁ降てきたちゃは。洗濯物(へんたぐおの)乾しった筈(はん)だ」
　ていうなで、裏さ洗濯物とりんえて、洗濯竿がらとりがだしったば、
「お晩ですは、きぬえさん、荒沢の父(つあつあ)急病だはげぁぇ、おれど一緒(えっしょ)ぇ直ぐ来てころど」
　て、提灯下げだ男人(おどごしと)ぁいうけど。ほんできぬえぁ、どでして、
「なになおんだべ。昨日まで働(はだれ)ぁっだけぁ、あだたどごだべが、まずまずたまげだちゃ。んでぁ直ぐ行(え)ぎあす」
　ていうど、洗濯物なのおそこそ入(へ)っで、ほの男人どさつでえだど。
　ほうして、大分(であぶ)行(え)たば、道端さ、三寸ばりの太さの丸太ささてで、道さ横んなていだけど。ほしたば、ほの男人ぁ、
「なんだて、こんたどさ丸太なのささて、邪魔だごど」
　て、引張(ひぱ)てだけど。ほんでも、抜げねぁくて通らんねぁおんだはげぁぇ、
「きぬえさん、きぬえさん。この丸太邪魔で通らんねぁはげぁぇ、悪りども、一寸(しっとえあ)手伝だてくんねぁが」
　ていうけど。ほんで、きぬえぁほの丸太さたぐづえで、一生懸命(けめ)引張りがだ手伝だたど。ほうして、ようやぐほれよへだけど。
　ほしたば、ほの男の人ぁ、
「きぬえさん、どうもありがど」
　ていうけど。ほしたば、提灯の灯(あがり)ぁ、急になぐなてしまて、真暗んなたけどは。きぬえぁ、薮ん中にいで、雨でたらくされ濡っでだあだけど。ほんで、漸く目ぁさめだみでぁぇんなて、
「あら、おれぁ狐に騙さっだぁだ」
　て、わがて、薮こえで、よやっと家(え)さ帰(けあ)ぇたけど。
　ほうして次の日、村の人ぁ見だば、馬こぁ、足じゃんと立でで、肉ぁみな食(か)っでしまて、骨ばりなてだけどは。んだはげぁぇ、甚助ぁ、「かしこに仇とらっだぁだべ」て言(ゆ)ったけど。とんぴんからんこぁ　ねぁっけどは。
話者　高橋初吉　
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