55 姥皮

 むかしあるどこに、おじいさんとおばぁさんがいて、三人の娘持って、後(うしろ)千刈前千刈の田もっていたのよ。そしてその時は旱魃で水ぁ一つも掛かんねでよ。朝にじさまがそこさ行って、
「米は取れない、この分では、このうしろ千刈、前千刈さ、水だんぶり掛けた人あれば、娘三人持った、どれでも一人嫁に呉れるげんども…」
 て、一人言たったのよ。そうすっど、
「何なに、じじい、今なに言った」
 て、こう出てきた人いる。
「うん、何も言わね」
「いや、言った言った。何か言ったから、言うてみろ」
「実はこれこれで、水ぁみな干って困った。この水掛けで呉っじゃ者に娘一人呉れる。誰か掛けて呉れる人あんだか、と、こう言うた」
「そんなこと雑作ないべちゃ、おれ掛けて呉れる。一晩、今晩一晩のうちに掛けてみせっから、娘一人呉ろ」
「掛けて呉れっこんだら、呉れるどこでない」
 て、次の朝行ってみたらば、だっぷり後千刈、前千刈さ水ざんぶり掛かっていたど。そしてそん時、
「おれはこういう、里さ来っどきは人間の姿して来るげんども、この山奥の沼の主で、大蛇の化身だ」
 さぁ、じじは困った。蛇のおかたに行って呉ろなて言うたて、娘は「オイ」て言わね。困ったごんだと思って、まず朝に起きる元気もなくていた時、一番大きい姉が、
「じじちゃ、じじちゃ、御飯が出たから、御飯あがれ」
「いやいや、おれは心配なことあって、飯(まんま)どこでない、おれぁ言うこと聞いて呉んねぇか」
「なじょなごんだか言うてみやれ」
「これこれ、こうしたことで、水掛けてもらってはぁ、それが人間だらええがんべげんども、この入(い)りの山奥の沼に住んでる蛇のおかただ、蛇のおかたになって呉れられんめぇなぁ、にしゃは…」
「この馬鹿じじ、人もあるべに、蛇のおかたになっていられめちゃえ、腐(く)っされ馬鹿じじじゃあるもんでない」
 て、枕蹴っとばして行ったど。
「さて、困ったこと相談したもんだ。そうでなければ、おれは蛇に呑まっでしまうことだ。さて困ったことだ」
 と思っていたら、こんどは二番娘が来て、
「じさま、じさま、御飯ができた。起きて上がれ」
「おれぁ言うこと聞いて呉ろ、そうすっど飯も食(か)れっけんども…」
「何のごんだか言うてみろ」
「実は、これこれで、蛇のおかたになって行って呉ろ」
「そんな馬鹿じじいざぁあったもんでない。蛇のおかたになって呉(け)ろざぁ、あるもんでない」
 これもまだ枕蹴っとばして行がっだ。
「残ったけ、小っちゃい妹だ。姉どもざぁ行かねもの、妹ぁ行くはずはない。これはおれぁ殺される他はない。呑まれる他はない」
 その覚悟していた時、三番目の娘ぁ来て、
「じっちゃ、じっちゃ、起きて御飯あがれ」
「心配ごとあって御飯どこでない。姉(あね)ちゃだには蹴っとばさっで話聞いてもらわんねがった。お前は聞いて呉んねぇか、実はこれこれで、水掛けてもらった。まず駄賃に娘一人呉れる約束した。姉どもには行かねて言わっじゃ。お前は何とか行って呉んねぇか」
 て、こう言うど、三番目の娘ぁ、
「いやいや、ええどこでない。じっちゃ、ええどこでないから、起きて御飯あがれ」 「ほんじゃ、ええことだ。起きて御飯たべて…」
 て、おじいさんが起きて御飯食べて、
「ほんで、じいちゃん、おれは何にも、花嫁装束はいらねから、針千包、フクベン千買って呉ろ」
 それは簡単なことだ。ほでにさっそく町に行ってフクベン千と針千包み買ってそれを持って待ち構えていたどこさ、ええ男に化けて来たどこよ、そして、
「約束通り娘もらいに来た。早速娘も準備して待ちてだとこだから、連れでって呉(く)ろ」
 て、姉どもは戸の隙から覗ってみて、
「なんだ、おらえのじじ、嘘語って、あんなええ男だら、おらだも嫁に行きたかった。嘘を語って、あんなええ男、蛇だなんて、とんでもない嘘語って…」
 姉どもも、けなれぐなって、節穴から覗っていたけど。そして娘はもらわっで針とフクベンを背負って、野くれ山くれ、段々山行って、見たらその人は、
「おまえも、よくじいさんに聞いてきたべげんど、おれは里さ行くには、こういう姿で行くんだげんど、実はこの沼の主で蛇で、これからその姿になって行んから、その後から来い」
 て、大きい大蛇になって、ノロノロ、ノロノロと、葭(よし)でも何でも踏みにじってこういうに道を作って、その後からその娘は、嫁に行ったんだど。そして沼の傍さ行って、
「さぁ、ここがおれの家だから、お前も入(はい)んねねから、おれから先に飛びこむから、お前も入れ」
「ほだげんども、約束がある。お前がこのおれの背負ってだ針を浮かして、このフクベンをこの沼さ沈めれば、おれも入っから、こういう風にしてもらいたい」
「そんなことはたやすいごんだ。そうすれば、お前もこの沼さ入れ」
 て言うようなことで、フクベンを沈めるような気になっど、ポコンと浮きる。針をこう浮かす気になっど、沈む。そうしてるうちに鉄というものは、一番蛇さ毒なもんだから、蛇さみな刺さって、グダグダ、グダグダとなって、死んでしまったど。そしてこんどは逃げた逃げた。それは後も見ないで逃げて行ったどこよ。そして途中で道間違って、どさ行ったらええんだかと思っていたとこに、年寄りなじさまに会って、その姥皮、「これ持って行げ」て、
「お前はこれが重宝になることもあるから、お前の親孝行に免じて、これ呉れるから、これ持って行げ」
 て、そして姥皮もらって、ばばの姿にそこからなって行ったど。そしてある長者の火焚きばばに入ったど。そして火焚きして家さも帰んねで、マメマメしく、ばばの姿こそしてっけんど、年は若いから、まず、マメに真面目に働くもんだから、みんなに、
「こんど来たばばはええばばなもんだ。本当に働きぶりはええもんだ」
 みんなに気に入られた。そうしているうちに娘は夜だけも自分の姿になって勉強でもしたいと思って、その姥皮脱げば、きれいな美人だったど。世にも稀な美人だったど。きれいな髪を結って、お化粧して、ちゃんと坐って勉強してたもんだど。そうしているうちに、その息子が見染めてしまったわけよ。そうして毎晩げ便所さ立ってみて、
「なんだて、この間頼んだ飯焚きばんばは毎晩灯(あかし)をつけて、何をしているもんだかな」
 て思って戸の隙から見たら、そのきれいにして、姥皮を脱いだから、まず、いままでその町になど、見たこともないような女になって、びっくりぎょうてんして、それから恋の病いになってしまったな。そして薬飲ませても治らず、御飯は三度の食が二度になり、二度の食事が一度となり、とうとう重い病気にかかってしまってな、そこの息子がどうしたらええんだかて居たとき、占いの者がビガンビガンと鉦コ叩いて来て、
「おらえの息子が、これこれで医者にかかっても薬飲んでも治んね病気なもんだ、何の病気だか占って呉ろ」
 て言う風にに占い師に頼んでもらって、ところが、
「その息子は恋の病で、この思いの女を嫁にせえば、必ず治る病気だ。その嫁もこの家の中にいる、この家の中にいるものを嫁にとってやれば、必ず全快は間違いなしだ。」
こういうように占いが出たもんだから、大変だ。そこの女中も十人や二十人はいるもんで、いやそういうこと触れたもんだから、われこそはここの家の長者の嫁になりたいと思って、一生懸命になって、お化粧して今までしまっておいた振袖の着物を着たり、ありだけのお召換えをして、ゾロゾロ出てきたわけだ。んでもその姥皮かぶっていたばばは、こうしていたわけだな。
「誰なものやら」
 て思って、そこに来るのは、この家には梅の木があるんだ。梅の木さ鶯がきて止まるから、その梅の木さ上がって、梅の枝をポキッと押(おし)折(ょ)って、そうして鶯が逃げないで、その梅の木を若旦那の枕元さもってきた人を嫁にすれば、必ず全快すると言うけど。その鶯はその娘が可愛がっていた鶯であったど。蛇の嫁に来るとき放した鶯であったけど。そしているうちに一番先に美人の方から、段々に上がって行って、われこそはここの家の嫁になろうと思って、梯子上がって、梅さ鶯の止まっていたの押折る気になっど、ブーンと飛んで行く。その次、その次とみんな行くげんど、全部飛んで行って一人として、嫁になる女いながったど。残る女というのは、ばば、火焚きばば、ばりだ。
「お前も女の一人だもの、お前もしてみたらええでないか」
 て、馬鹿にしいしい、みんなに言わっだそうだ。
「いやいや、おれなど駄目だから、みなさんのようなきれいなお方でさえも、折りかねたもの、おれのようなものが上がったって、どうせそれは駄目なことだ。無駄なことさは、かかんない」
 て、聞かねがったそうだげんども、みんなおかしいもんだから、小馬鹿にしてどうしてもお前上がってとってみろて言うもんだから、
「おれも一つ登って、折っても駄目だと思うげんとも、かかってみて」
 て、自分の部屋に入って、ちゃんと姥皮脱いで、きれいにお召換えしてみっど、まずまずそこの女中なんとも違って品のええ娘になったことよ。そして行ってその梅の木さ登って鶯が止っていたな、ポキッと押折ったげんど、一時はブーンと飛ばっだげんど、またその鶯が梅の木さ止って、その枝を持(たが)って若旦那の枕元さもって行ったって。
「いやいや、それではこの人がおらどこの嫁にする他ない」
 て言うようなことで、まず長者の嫁になって、一生娘は安楽に暮したもんだ。親孝行の報いだと。とーびったり釜のふた、さんすけ。
(山口ふみ)
>>中津川昔話集(下) 目次へ