人身供養―蛇の精―むかしあったけど。あるところになぁ、おじいさんとおばあさんといだっけど。そうしてなぁ、二 人の間に可愛い女の子があったけど。そうしてその女の子は〈お花さん〉という 名をつけたど。おじいさんもおばあさんも、その女の子がかわいいくて、「お花や、 お花や」と言って、大事に大事に育てていたけど。またその女の子も、大そうな 親孝行で、「おじいちゃん、おばぁちゃん」と言って、台所、何でもしてだんだん 大きくなって行ったど。そうして美しい娘になって村の評判のええ娘になったど。 このおじいさんもおばぁさんも年とってから持った子どもなもんだったど。 その村には昔から人身御供というものがあったけど。その村は高い深い山の麓 にある村で、その山の奥の岩穴には荒神が住んでいらしたど。その荒神が怒ると その村では米も野菜もだいなしになって何一つ収穫なのさんねくて、大勢の人は 食うものがなくなって、たいそう困るので、その荒神に怒られないように五年に 一ぺん、人身供養ささげて、荒神を鎮めておったど。その人身供養に当った家で は、大事な大事な娘ざかりの娘でも、村のために捧げ、親子は生き別れをしなけ ればならないが、親は大事に育てて来たかわいいわが子を、また娘は年寄り親と 別れ、自分の身をいけにえにして供養に立たなければならないが、そのことも悲 しい運命ではあるけれども、これは人のためであるというあきらめで、そういう 者を立てておったど。 さて、ところが、その人身供養の白羽の矢は、今年はそのお花さんに立った。 白羽の矢は不幸にもお花さんの屋根に立った。おじいさんもおばぁさんも大そう 悲しんで、お花さんも一度はがっくりしておばぁさんにすがって泣いだけんども、 お花さんはちゃんと覚悟を決めて、供養に立つ心構えをした。 ある山の中で、あるとき、ある二人の若衆が山奥の峠の道で出会った。そうし てなぁ、二人はいろいろなお話をして、にわかに仲よしになったごんたど。そし て二人はお互いに打開け話をしたど。そのうちの一人の言うには、 「実は、おれは世の中で一番恐いのは銭だ。銭ほど恐いものはない」 こういう風に言った。と、一人の者は、 「いや、おれはこの世の中で一番恐いのは煙草だ。この話はお互いに内緒だぞ、 決して他にもらしたりはしないこと」 ていう風に誓い合って別れたど。してその〈銭が恐い〉て言うた者が家に帰っ てから考えてみっど、 「ああ、あの奴は煙草に困るて言うた。ありゃ、きっと煙草ではなくて、煙草の ヤニでないか、ヤニが嫌いだどすっこんだらば、ひょっとすっど荒神だと言って 村人が恐れている、ありゃ蛇のせいではないか、たしかにそりゃ、相違ない」 こういう風に、その若者が考えたど。そんでその若者は隣村に出かけて行って、 村の人に話をして村中の人のキセルからヤニを皆集めた。 そうして山奥に持って行ってヤニを岩穴から山一面に撒きちらした。そうすっ ど、その荒神であるところの大蛇はとうとうその山に住むことができなくなって 遠いどこに逃がれてしまった。そしてその蛇の若者は、 「約束を守らねえで、あの野郎はきっとおれのことを語ったに相違ない、よしこ んどは仇とりに、あの奴に銭を一つ、おれは持って行って、仇とって呉(け)んべ」 と、こういうわけだ。そしてこんどは、蛇の精であるところの、その若者は、 どっさり銭を持って行って、その村の若者の家さ、ドスンと投げ込んだ。ところ が何とその若者は大当りしたずだな。ほうして一ぺんに大金持になって、また一 方では山の村の荒神が退治さっじゃんだし、お花さんは人身供養にならなくとも よくなって、おじいさんもおばぁさんもまた、大そう仕合せに暮すことができ、 またその若者も思いがけない金持になったど。めでたしめでたし。どうびんと。 |
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