-(3)油しめ(油とり)-

横尾高治
 あるところに、道楽で欲たかりな人いだけんだな。その人の願いは、そこの氏神さまさ願掛けたていうのだな。
「どうか毎日仕事しねで、大事にしていっどござぁないべか」て、願かけたていうのだな。
 したれば一週間にもなって、満願の日が来たていうなだな。そしてその神さまのおつげあっけずまな。
「実はお前の思う通りのことは世話してやる。大阪の何とかいう旦那衆あっさげ、そこさ行ってみろ」
て教えらっだていうなだな。そしてこんど名指(ざ)して神さま教えたもんだから、そこさ行ったていうなだな。そして行ったれば、大した門構えですばらしく豪華だけてだな。
「いや、やっぱり神さまのおつげ通り、すばらしいもんだ」てだな。そして入って行ったていうなだな。
「山形から来て、こういうどこあるというなで、お宅さ上がったんだ」て云うたそうだ。そこでは、
「まず、よく来て呉(け)だ。まず上がって」て、上がって、大した待遇であったてだな。毎日山海の珍味ていうことぁある。うまいものばり食せてよ、そうしていたていうなだな。
「ただいて食せっどこなて、ええどこさ来たもんだ」なて、居たていうのだな。そして一週間も厄介なっていた。そんだて毎日唯いて、うまいもの飲み食いさせておくもんだし、こんどぁ退屈してはぁ、家から出はってみたれば、お倉、いろは四十八倉だか漆喰のお倉ずらっとあるっていうんだな。そしてお倉なんぼぐらいあると数えてみんべと、ずうっと数えて行ったら、三つ目のお倉さ行ったところが、少し戸隙(す)きっだっていうのだな。その隙からのぞってみたら、したば、人はさかさに下げてよ、下さ炭がんがん置いて、脂とりしったんだけど。入ってみてぞっとしたのだったっだい。
「はぁ、これは、おえないどさ来たもんだ。まずこりゃ、いよいよ、こりゃ…」
 その人も三日か四日うちにその番前(ばんまえ)くんなだったけど。ええあんばいに肉付いだけべちゃ。そいつ見たもんだから、なんぼうまいもの食せらっでも喉さ行かねなっだのはぁなぁ。そいつ見てしまったものなぁ。そしてこんどぁ、
「一刻も早く出はらねばなんね」て、出はる工夫したてなだどなぁ。そうして、ぐるり土塀で逃げっどこないなだけど。
「はぁて、どこか早く、一刻も早く逃げねでは、どこからも逃げっどこない」
て、屋敷ぐるぐる廻ってみたげんど、逃げっどこないし、そうしたらある隅に松の木一本あっけそうだ。土塀さ枝かかってでね、
「はぁ、これからだ、こいつから逃げねでは、どこからも逃げっどこない」 て、そっから、夜、松の木さ上がって越えんべと思って登って…。そしてその人、そっからなんぼ逃げたもんだか、松はつるつる、つるつる。上がんべと思うと滑って来て上がらんねてだな。そんでも一命にかかわるごんだて、やっとすっと上がって土塀から越えて行ったてだな。そうしてみたれば陰はカラタチ薮(やら)だ。そのカラタチ薮(やら)一里もある。生命いたましいんだし、そこむぐって行ったていうなだな。そうしてみたら自分の腹綿など無いっていうなだな。みな引かかってはぁ…。ほだて居れば殺されるっだし、そうして今度行って、カラタチ薮越したら、アカシヤ薮(やら)また一里もある。そうしてそこ通り抜けて行ったれば、大河ある。河だて、そいつ漕がねば行かんねんだし、川さ入って、ごわごわ漕いで行ったてなだな。したれば腹綿などみな洗わっで、腹、みな無いていうなだ。
 そしてようよう向う岸さ上がって、どっちゃ行ったらええかどてはぁ、見たれば向うの方へ山あっけていうのだな。そこさ目がけて逃げねば仕様ないて、逃げだていうなだな。ずうっと逃げだれば山の中に沢登って行ったれば、炭焼き小屋一軒建ってで、そしてこんど、そんどきに自分の番前来て、探し始めっだけていうんだな。
 いよいよ油しめの番前来ったんだけな。
「ほりゃ、逃げらっだ」
 ていうもんで、後から追っかけて行ったんだって。槍持って五人も六人もずうっと追いかけて来たというんだな。そして逃げて行った男が炭焼き小屋さ行ったら、年寄りじっつぁがいて、
「まず、じっつぁ、じっつぁ、おれば助けて呉(け)ろ」
「なえだて、こだんどこさ来た」
「いや、実は、おれ、こうこういうわけで来たところが、こういう場所さ来て、いま、おれも明日あす生命とられる番前さ来ったんだけ、何とか助けて呉ろ」て言う。
「何だて、若い者、ここさ来たたて、助かった人ざぁいねなだ」
「仕方ない、何とかして呉ろ」
「んだか、そだらええがんべ」
 炭作って、出来っど重ねっだけそうだ。
「そしたら、こさでも入(はい)ってろ」て、一番下の炭俵(だら)さ入って重ねっだど。したら下からやぁやぁて来る音すっずもやぁ。
「やぁ、こっちゃ来たにちがいない」て、五・六人つれ槍持(たが)って追かけて来るてだねぁ。そうして炭焼き小屋さ来て云うのだど。
「じさま、じさま、ここさこういう者来ねがったが」
「なえだか、先(せん)度(ど)な来たけげんど、昨日(きんな)、今日は何も見えねな」
「あんだ、ズホ(嘘)語ったてわかんね、こさ来たの見っだんだ」
「ほだげど、おれどさ来ね」
 それから、
「ここ、みな突いて見んなね」
 そして、槍持ってみな突いたど。そうして突(つ)ついだげんど、やっぱりその若い者入った下の一俵突つかねて云うのだな。突き逃がしたのだな。
「ほだら、先さ行ってみる」て、行ったていうのだな。そして助かって、 「まず、ええがった」て、ちょと気付いたら、神さまの前さ行って願かけでて、眠むかけしったけて。ただ居て食うなていう神さまのおつげだっけど。どんびん。
(横尾高治)
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