92 ねずみ経

 むかしあったけど。ある時旅人が山の方へさしかかったら日暮れとなり、
「これは困ったもんだ。どこか泊れそうなどこないかなぁ」
 と見おろしたら、下の方にぽっかり灯りが見えるので、そこへ行って、
「今晩は。道に迷ってしまい、灯りをたよってきたどこだか、今晩一晩泊めてもらえないか」
 といったれば、年とったおばぁさんがいて、「ああ、いいどこでない」と、泊めてご馳走してくっだど。その旅人はどんなつもりか、和尚さまの姿してであったど。それでおばぁさんは、
「和尚さま、和尚さま、おら家の仏さまは久しくお経上げてもらわないから、どうかお経を一つ上げておくんなさい」
 といわれ、旅人は困ったど。上げないわけにも行かずに、仏壇の前に坐って、まず手を合せて、お仏さまを見たら、リントウというものが下がってたど。
   リントウ、リントウ、トウリントウ
   ローソク立てか、花立てか
 といってるうちに、ねずみがちょろちょろ出てきたど。「ほおん、ちょろちょろの穴のぞき」と言ってるうちに、夫婦が出てきたもんで、またちょろちょろと穴のぞきと言ってた時、泥棒が二人で、さっき、ここの家さ泊った和尚さん、お金でもたんまり持ってるかなどと言いながら、交代交代にのぞいたのだったど。そして和尚さまが、
   あなのぞき、何やらそうだん申されそうろう
   後へひっこみそうろう
 というので、これは見つかったぞと逃げて行ったけど。そんな事は知らないおばあさんは脇に坐てて、「いや、ありがたい、ありがたい」と喜んで、翌朝またご馳走たくさんして、ありがとうございましたといったけど。三楷松の下で狐コがこんこんこん。


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