75 手の子の久兄

 むかし、手の子の方に久兄という人がいであったど。
 その久が宇津峠の堀川となったような道を、大きな臼を背負って、歩いて行くと、向うから、馬車馬方がやってきて、久を見ると、
「久兄、よけろ、よけろ」
 といったど。すると久は、道路の真中にどすんと臼をあろすが、やにわに、崖をはいのぼって行って、あぐらかいで下を見たど。馬車ひきは困って、
「久兄、なんだ。こんなところに臼おろして」
 ていったら、久は、
「ほだたて、久よけろと言ったがら、臼よけろと言わながったべ」
 やって、にやにやしたっけど。
 またある時は、手の子の旦那さまに雇わっでた時に、一日働いて夕方上がって来たら、
「久や、茄子植えてくれや」
 といわれ、「ハイ」といって、裏の畑に植えだど。翌朝、旦那さま、水くれんべと思って行ってみたら、みんなサカサに植えてたど。旦那、たまげて、
「なんだ、久、さかさでないか」
 といったら、
「そんであったがなぁ、とにかく暗くてわかんねがった」
 といったけど。


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