72 酒田の本間さま(2)

 むかしあったど。
 酒田の本間さまは、自分の持ち田を廻るに一週間もかかることであったど。てくてく、小作やら何やら見廻りに歩くに、あるとき、廻って行って茶屋で休んでいたど。そしたば西行袋みたいな、肩さかついだ人も来て、休んだごんだずも。そして、「どこまで行く」て聞いたど。そしたば、
「おれは石屋で、旅歩っていんなだ」
 て、こういうたど。
「ほんでは、おれは、石垣ちいと直したいどこあるから、あの、おら家さ行って呉ろ、おれぁ今日、二日くらい帰んねがら」
 て、そういうずもの。
「まず、休んでろ」て。そういわっで、袋さげて行ったもんだど。そしてこんど玄関さ行って、
「おれは、こっちの旦那の友だちだから」
 なてはぁ、大きなこと言うて、入って行ったど。そういうもんだからはぁ、
「大事な金、いっぱい入ったなだから、大事にしまっておけ」
 石屋なもんだから、金には相違ないごでな。この番頭衆はしまったけど。その袋。そしてこんどは、
「金持っていっど、これ泥棒でも恐っかなくて、こんな仕度して歩(あ)るっているなだべ、この旦那さまは…」
 と、こう思ったど。そして座敷さ上げて、
「まず、何ごちそうしたらええべ、旦那さま」
「おれは江戸から来たなだ。湯豆腐でもしてこい」
 湯豆腐なて、その酒田のあたりで知しゃねがったど。そうして据風呂さ豆腐切って入っで、沸かしたごんだど。そして、
「さぁ、まず湯豆腐出たから、入っておくらぇ」ていう。
「何語っていんなだ。湯豆腐ざぁ、鍋で煮て、醤油つけて、酒の肴に食うもんだ」
 て教えたど。
「いやいや、おれぁまた湯豆腐なていう、風呂の中さ入れるもんだかと思って、風呂いっぱい豆腐入れておいた」
 て、そういうずも。そして寝て、職人なんだし、朝げ早く起きだど。したば、そこの番頭さんも早く起きて、一番々頭が、
「お客さま、お目覚めですか」て、座敷の外でいうずもの。
「ああ、目覚めっだぜ」ていうど。
「今、米、港についた。いっぱいお買いになりませんか」
 て、こういうたど。
「なんだ。この旦那さま、米の一杯ばり買えなて、米の一杯ばり買わねば食んねなだべか」
 こう思ったど。
「一杯でも二杯でも買っておけ」
 て、こういうたど。そうしたば、番頭のいうのは舟一杯であったのだど。それ知しゃねで、「一杯でも二杯でも買っておけ」て、こういうたごんだど。そういうもんだから、番頭は二杯買ったごんだど。そうしてよっぽど経(もよ)ったら、
「旦那さま、なんだか値ええから、売ったらどういうもんだ」
 て、夕方になったらいうずも。
「ええようにしろ」
 て、こういうたど。そしたらその番頭は売ったって。こんど、お金、盆さ山のように積んで、
「お客さまの利益は、これだけであった」
 て、持って来たど。さぁたまげてしまったずものな。それからこんど、馬鹿でもなかった人だごでな。なんぼ石屋でも、〈はぁ、船一杯であった〉と悟ったずも。そうすれば、「小遣いにしろ」なて、わしづかみにして、ちいと呉っで、
「さぁ、これは旦那の来ないうちに逃げんなねもんだ」
 と、こう思って、それにぎってはぁ、気付かんねうちに逃げねねと思って、番頭に、
「ちょっと用達しに行ってくるから、御主人帰ったら、よろしく言うて行ったって、こういうて呉ろ」
 その金ぁ、こんど風呂敷借りて包んではぁ、逃げてしまったど。そして近江国というところまで逃げて行って、酒屋を始めたもんだど。そしてトントン拍子に仕事もうまく行って、こんど立派な身成りして、酒田の、あのときのおかげだとお礼に行って来(こ)ねねもんだと、ステッキなどついで来たごんだど。
「旦那さま、おれ、あのときの石屋だ。泊って、これこれであって、お金もうけてもらって、それを資本にして、おれは近江で、今で酒屋して、近江の酒屋っていえば、おれだ」
 て、こういう礼いうたど。
「よく来てくっだ」
 て、その晩げ泊めたど。そして朝げ、暇乞いして帰んべと思ったど。そうしたば、上り台さ、西行袋、ちゃんと出してで呉っだど。
「これがあの時の、あなたの忘れもんだ」
 て、本間さまの御主人に言われたど。したらこんど、
「ああ、わるがった、おごり長じ掛かってであった」と気ぃついたわけだ。
「ありがたくいただいて帰る」
 て、そしてその人は、袋、立派な服装の上さかつねて帰ったど。そして一生、その袋を教訓として、身代なくさないで、ますます旦那さまになってあったけど。むかしとーびん。


>>川崎みさをさんの昔話 目次へ