39 文福茶釜

 むかしあったけど。
 あるところに屑物を買ったり売ったりする一人ものの男がいて、ある夕方、山道を家にいそぐ途中、一匹の狸がワナにかかり苦しんでるのを見て、
「おお、かわいそうに」
 て、ワナからはずしてやったけど。そして家さ帰り、寝て、朝また出かけようと思ったら、篭の中に自分が買った憶えのない茶釜が一つあったけど。男はびっくりして、
「こんな立派な茶釜、はて、どこで買ったけなぁ」
 て、いくら考えても思い出せないが、とにかく、おれの篭にあるもの、おれのもんだべから、よしよし、隣村の和尚さんが、こういうものが好きだから、て持って行ったら、とても喜んで買ってくれたど。そして和尚さんは、お茶を立ててみようと思い、小僧さんによく洗って水を入れて来るようにて言うたど。小僧さんは「はい」って、水屋に持って行って、あく灰をたっぷりつけて、ごしごし洗い出したど。そしたら、釜が、
「小僧、小僧、いたいから、そっと砥げ小僧」
 といったので、小僧、おどろいて、
「和尚さん、これはなんだか気持わるくて、あまり砥がんない」
 て、おちこち洗って水入れて持って行って火にかけたど。そうしたら、こんどは熱くなったので、頭は出す、尻尾(しりぽ)は出すで、「あちち、あちち」と逃げ出したど。和尚さんも小僧さんも、いやはや驚き、早く早くと追いかけたが、とうとう逃がしてしまったど。
 狸は狸でおどろいて、こんなところにいては殺されっからと、また夜になってから、屑屋さんどころに行き、寝てる枕元で、こう言うたど。
「とてもあんな恐っかないお寺にいらんないから、戻ってきたから、明日は村の衆を集めてくれ、そうしたら、おれ綱渡りしてみせっから」
 ていうたど。屑屋さんはその通りにして、家に綱を張り、自分は扇子などひろげて、
「さぁさ、みなさん、文福茶釜の綱渡り」
 などと、おどけた格好ではやしたら、みな喜んで、沢山お金おいて、また見物にくるよ、なんて、とても大喜びをされ、男も屑屋をやめて、よいお嫁さんをもらい、一生安泰に暮したっけど。畜生でも恩は知ってるもんだけど。むかしとーびん、さんすけびったり釜のふた、灰で磨けばええ銀玉、なぁ、さんすけふんはい。
「集成 237A 文福茶釜」
>>川崎みさをさんの昔話 目次へ