38 火車むかし、あるところに貧乏なお寺があったけど。そこに年寄りの和尚さんがいて、とら猫を小さいときから育ててかわいがっていたっけど。ある晩、和尚さんが寝床に入り、うとうとして夢を見たっけど。とら猫が話かけるように、 「和尚さん、和尚さん、ながい間かわいがってもらったが、おれも永くは生きられそうもないから、御恩返しに、明日の荼毘に、村一番の旦那さまの娘が死に、あちこちのよいお寺さまが頼まれて来なさるが、うちの和尚さん、頼まんないから、お棺に、立派なお寺の前でお経を上げてる。その時におれがお棺を空に吊るし上げるから、そしたらみんな驚き、もっともっと和尚さん方をたのみ、お経を上げると思うが、うちの和尚さんが頼まれるまで、決して降ろさないから、頼まっで行ったら、〈ナムカラタンノワ、トラヤーヤ〉と何べんも何べんも拝むように」 というのだったど。 和尚さんが、ふと目をさましたら、とら猫がきちんと枕元に坐っていだっけど。和尚さんはこんなこと、猫がいうとは思わねぇが、と半信半疑で寝て起きたど。そしてその日、いよいよ荼毘になったけど。そしてお棺が立派なお寺の前に据えられて、お経が始まったけど。そのうちに、一天にわかにかきくもり、黒雲が舞い下り、みんな恐ろしくなり、目をふさいだど。そのうちに、お棺がずんずん上に登って行ったけど。身内の人も皆びっくりして、早く早く、和尚さん方、ありがたいお経を詠んでおくやいと頼んだど。和尚さん方も一生懸命拝むが駄目だったど。そこである人がもしもあの貧乏寺の和尚さんが、ありがたいお経でも知ってっか、頼んでみたら、というど、 「駄目だべや」 ていう人もあったが、頼んで来たど。そこで和尚さんは、昨夜の夢は、猫が語ったなであったなと気がつき、 ナムカラタンノウ トラヤーヤ ナムカラタンノウ トラヤーヤ て、何回も何回も大声で上げたど。そしたらお棺がずんずんと降りて、元におさまり、無事に荼毘もすみ、和尚さんがいっぱいお布施もらって帰って来たら、とら猫はぐったりと炉端に寝てだっけど。和尚さんが、 「とら、とら、お前のおかげで、こんなに沢山お布施もらって来たざい」 ていうたど。とら猫は、「ああ、これでおれも御恩返しができてうれしい」と言うたど。そして、 「もし、いまちいと和尚さんがおそがったら、お棺落とすどこだった。ほら、こんなに爪が痛んだんだもの」 て、血だらけの手を見せ、「ああ、よかった、よかった」と言うど、そのままころっと死んだけど。和尚さん、泣き泣き、ねんごろに葬ったけど。それからは、あちこちから荼毘があれば、和尚さん、和尚さんとたのまれ、一生安泰に暮したけど。むかしとーびん。 |
「集成 230 猫檀家」 |
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