21 河童の硯

 むかしあったけど。
 あるところにおじいさんとおばぁさんがいだったど。じいさんは春先温かく なったもんだから、河原さ行って豆でも蒔くべと思って、鍬持(たが)って河原の畑で、 どっこいしょ、どっこいしょとうなって、そうして今度、豆など蒔いて
  一粒まいたら 千つぶ 一粒まいたら 万つぶ
  一粒まいたら 千つぶ 一粒まいたら 万つぶ
 なて、一生けんめいで豆まいっだところが、その河原のそばから河童コがでて きて、じじのうしろからそっと来て、じじぁキンタマ、きゅっきゅっと引張った けど。そうしたところが、じじは、
「この野郎、いたずらして、ぶっ叩いてくれんぞ」
 なて、追っかけて行くじど、川あっどこ、ヒョインと越えて行って、木の根っ こさ尻かけて、
「じじ、ここまで来い」
 なて言うずもな。
「いや、この野郎、ひどい野郎だ」
 なて、また戻ってきて、一生けんめい豆蒔いでいっど、またうしろから来て、 そっと来て、じじぁキンタマ、きゅっきゅっと引張る。何べんも何べんもじじは されるもんだから、
「今日は豆蒔きはわかんね」
 家さ帰ってきて、次の日、町さ行って、モッチいっぱい買ってきて、木の根っ こさ、べたべたとくっつけて、
  一粒まいたら 千粒 一粒まいたら 万粒
  一粒まいたら 千粒 一粒まいたら 万粒
 なて蒔いたところぁ、また河童コ来て、うしろからキンタマ引張る。そうすっ じど、じじは、
「こんどはのがさねぇぞ」
 て、追っかけて行ったところぁ、ヒョインと川跳ねでって、木の根っこさ、ま た尻かけて、
「じじ、ここまで来い」
「こんどは逃がさねぇぞ」
 なて、鍬持って追っかけっど、こんどは河童コは尻さモッチはくっついたもん だから、動かんねくて、
「いやいや、あやまった、あやまった。どうか助けてけろ」
 て言うたど。そうすっど、じじ、
「今度から決してしねぇが」
「決してしね、悪れごどしねぇがら、その代り、おれ、宝物やっから勘弁して呉 ろ」
 なて言うもんだから、
「ほんじゃ、許すごで」
 なて、河童コのモッチはがして呉で、放してやったところが、川の中さダボン と入って行って、しばらく経(た)ったれば、大事にしった河童の硯というもの持って 来て呉っじゃど。
「この硯すっど、何でも思うことかなう硯だから、こいつ、いたましいなだげん ど、今日上げ申すから勘弁して呉ろ」
 なて。じじは喜んで、河童の硯もらって家さ帰ったど。
 そこ、隣のじいさんが、そいつを聞いて、
「いや、それはええごんだ。おれも行って河童から、何か宝物もらって来(こ)んなね」
 なて、真似して、次の日行って、川の傍さ行って待ってだげんど、いつまで経っ ても河童コぁ出てこねもんだから、
「いや、こんじぇ分かんね。ほんじゃ川のふちさ寝っだふりしていっど来っかも 知んねぇ」
 そうして川のふちさ横になって待っでだげんど、出て来ね。
 いつまで待ってでも出て来ね。
 そのうちに本当にじじは眠ぶってしまったど。そうすっど、こんどぁ河童コ出 てきて、じじ足、ずるずる、ずるずると引張って、川の中さずるずるもって行がっ ではぁ、じじはとうとうそこで死んでしまったど。
 んだから、人の真似ざぁするもんでないけど。とーびんと。
(加藤吉弥)
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