5 牛方と山姥 

 むかしあったけど。
 あるところに牛追いいだっけど。牛追いざぁ、遠(と)かいどっからいろいろな荷物 を牛の背中さつけて、そうして運んで来て、駄賃をもらって暮している人だごで な。むかしは今とちがって、道だって細いんだし、そうして町から町の間だって 山あり野原あり、なかなか容易なもんでないがったんだな、ありゃ。
 その牛追いは、ある時、遠(と)かい町まで頼まっで荷物運びに行った。そうしてつ けて来たものは干魚(からがい)だど。そうして、
「こりゃ、随分遠かいどこだ、こりゃ。いまと早く帰られっかと思ったげんども、
こりゃ、帰りは遅くなるようだ、こりゃ」
 て、気もんで、一生懸命で牛の尻(けつ)叩っけんども、大きな牛はいっぱい荷物つけ たもんだから、なかなか、モソラモソラと涎たらして歩くなだから、はか行かね。
 そうこうしているうちにはぁ、ねっから山の上ではあ、とっぷり暗くなってしまった。
「なえだって、こりゃまず、徒然(とぜん)のとこで野宿もさんねんだし、仕方ないから、
なんぼ遅くなったって行かんなねごで、なえだかさぶしえようなどこだ」
 て思いながら、牛の尻を叩きながら来たどころぁ、とっぷり暗くなって、
「こげなところでつまらねぇものなど、化物など出ぁしまいか」
 て考え考えきたところが、だんだん山下って野原の真中まで来たらば、向うの 方から、何か追っかけて来た。ほうして、だんだん、だんだん近間さ来た。耳す まして聞いていっど、
「牛追い、干魚一本呉ろ」
 て、音する。
「いや、こりゃ困った。こりゃ何か化けものみたいなものに追っかけらっだ。こ りゃ」牛追いはサワサワ、サワサワて、まず寒気立ちしながら、牛の尻叩き叩き 一生懸命でいそがせっけんども、牛などそんなこと知ったもんでないんだしねぇ、 ノソラノソラと来るばりなんだし、そうしているうちに丁度うしろさ追っかけて来た。
「牛追い、干魚一本呉ろ」
 いや、そのさぶしえじだが、おっかないじだか、仕方なくてはぁ、牛追いは牛 の背中から干魚一本抜いで、「ほら!」て、投げてやって呉(け)だ。ほうしたれば、う しろでガリガリ、ガリガリ、干物をかじる音して、たちまち食ってしまった。ほ うして食い上げっど、また追っかけて来(く)っずも。
「牛追い、干魚一本呉ろ」
「はて、ほに」
 て思って、かかられるような気持もすんだし、仕方なくて、また一本、「ほら」 て投げてやった。と、またその干魚、ガリモリ、ガリモリと食ってしまって、ま たこんどは、
「牛追い、干魚一本呉ろ」
 ほうしてはぁ、とうとうみな干魚呉(け)でしまった。後はないはずだごではぁ。ほ したれば今度はまたうしろまで追っかけて来て、
「牛追い、その牛を呉ろ」
「いや、こりゃ困ったもんだ。まず、とにかく、おれは命取らっではいらんねん だし、大事な牛ではあっけんど、仕方ないからはぁ、その牛はぁ、追っかけて来 たものさ呉っか」
 て、牛、追っ放してよはぁ、テンテン、テンテンと逃げて来たけどはぁ。そう してこっちまで来たどころぁ、そこに一軒のアバラヤあっけど。
「いや、これは天の助けだ。ここでまず、今日は隠っで通すべ」
 て思って、そのアバラヤさ入った。そうして安態していた勘定しったところぁ、 その化けもの、牛をみな食ってしまってよはぁ、「ああー」なて来たような音すん だし、
「いや、これはしたり」
 て思って、まず、牛追いはワラワラと梁の上さあがっていだ。ほうしたら、そ の化けもの、入って来た。
「いや、今日はええがった。まず、干魚腹くっちぐ食ったんだし、うん、こがえ な時はこりゃ…、ほだげんどな、まず餅でも焙って、いまちいと食ってもええよ うだ、こりゃ」
 なて、こんどは火焚いて腹あぶりしながら餅焙り始めた。ほうして化けものは 腹あぶりして、ええっ頃温まったもんだから、コクリコクリと居眠りはじめた。
「いや、こりゃ眠ぶかけしたな」
 て思って、牛追いは、
「まず、今日は昼飯(ちゅうはん)は食ったげんども、夜飯も食ねんだし、夜になって寒いげん ども食うものもない。仕方なくてやっとすっと来たずだげんども、自分も腹も減っ たし、よし一つ今度はおれはあの餅食って呉る」
 て思って、屋根抜いて、萱棒つるつる、つるつるとやって、チョクッと餅のやっ こいなさ刺して、たぐりよせて食った。ほうしてその化けものは眠ぶかけしてる うちに、一つ食い二つ食いしてるうちに、ぺろっとみな食ってしまった。ほうし てるうちに目覚ました。
「あっ、餅さっぱりなくなった、こりゃ。なえだこりゃ。なえだ火の神さまでも 食ったが、こりゃ」
 なて。
「こんじゃ、餅よりも甘酒でも温めてのむか」
 なて言うけざぁ、大きなカン鍋かけて、そうして甘酒温(あた)めはじめた。
 また、こんどコクリコクリと眠ぶかけ始めた。と、牛追いは天井にいて、こん どは、「甘酒一つ、おれぁ飲んで呉れんべ」と思って、またツルツル、ツルツルと 葭(よし)棒の長いな、上から落してよこした。そしてツツウ、ツツウと吸い上げて、つ るっとみな飲んでしまったど。そうしてるうちに、こんどはその化けものが目覚 まして、
「あっ、こんどは甘酒、火の神さま、みなのんでしまった、こりゃ。いや、今日 はまず、腹もくっちくなったんだし、ええごではぁ、たくさんにして寝んべはぁ」
 なて、
「おれは、木の唐戸さ入って寝たらええんだか、石の唐戸さ入って寝たらええん だか、どっちさ入って寝たらええんだか」
 なて居る。そうすっど牛追いは上にいて、「木の唐戸ええがんべ」て言うたど。
「ほう、ほんじゃ、火の神さま、おれは木の唐戸ええていうから、木の唐戸さ入っ て寝っかぁ」
 て、傍にあった木の唐戸、ばぁっと蓋をあけて中さ入ってはぁ、ぐうぐう眠て しまった。
「ああ、まず、こりゃええあんばいだ」
 て思って、こんどは牛追いは、梁の上からするすると降りて来て、さっきの甘 酒温ためたカン鍋さ、お湯わかしたずも。そしてそこにあった火箸で、焼いて木 の唐戸の蓋の上っかわさ穴あけた。そして牛追いは蓋の上さのって、その穴から 煮立つ湯、ちょうちょうと入っでやった。そうしたところぁ、中で、
「あちちち、あやまった、あやまった」
 て、音すっこんだど。そうしてこんどはそんでも天井さ、びったとのっかって いるんだし、蓋あけらんねで、また煮立つ湯わかして、その穴から入っでやった。 こんどは音しねぐなった。ほうしているうちに、だんだん明るくなった。こんど は牛追いは大丈夫だと思って、木の唐戸の蓋あけたところぁ、中にキノコの大き な入っていたけど。キノコの化けものだったど。とーびんと。
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