1 俵藤太

 むかしむかし、熱田橋の下に住む竜神は,夜毎に現われる三上山のむかでに悩まさっでだ。
 ほこで、誰かに退治してもらうかと思って、身の(たけ)二十丈あまりの大蛇に化けて、橋の上さ横たわっていだ。ほして(あら)いような強そうな武士を探していた。ちょうどほこさ通りかかったのが、藤原藤太秀郷だった。普通の人なら、ほの蛇を見ただけで、ぶっ魂消て気絶してしまう。しかし秀郷は天下一の豪雄であったもんだから、ゆうゆうと蛇の背中を踏んづけて行った。ほして橋渡って行った。竜神はその豪胆さを見込んで、百足(むかで)退治を頼んだ。
 秀郷は「()んだ」て()ねですぐ引受けた。竜神と共に水の中へ入り,竜宮へ向った。そこは石だたみさ、瑠璃を敷きつめ、欄干や柱には金銀をあしらった荘麗な宮殿であった。若い美女が現われ、ほして酒宴が開がった。しかし夜が更けて来ると、周囲の者たちはみな恐れおののき、隠れてしまった。秀郷は一人、愛用の、五人張りの弓を、三本の矢とをもって怪物が出て来るのを待った。
 いよいよ、怪物が出てくるという時、竜神さま、石焼いて周囲さ撒らまいてちらがしった。ところが、ほの石で足火傷(やけがた)したり、何かえして、なかなか来らんねので、二日三日来ねがったげんども、来るようになった。ほして来るど雷鳴とどろがして、ほして、ざばざば、ざばざばと音させて、松明二、三千本ほど二列に燃やしたような明るさぐらいだった。ほして三上山から竜宮めざして出はってきた。
「ござんなれ」
 と、秀郷は第一の矢をつがえて、うんうんと光る(まなぐ)の間をねらって射った。ひょうと射たれば、ところが鋼さでも()ったように、はねかえされた。すかさず第二矢をつがえて射ったが、同じであった。残る矢は一本だけだ。(つばき)に弱いていう眉間をねらえばええ。
 最後の矢の先さ、唾つけて、やはり眉間のどこねらって、ひょうと放てば、してやったり、矢は尾っぽのあたりまで深々と突き通り、さすがの怪物も土ひびき立てて、大山鳴動して、ほこさ倒れてしまった。ほして竜神さま喜んで、秀郷さ、矢の当らないカブトと、ほれから、なんぼ食っても食ってもなくならないという俵をくれた。
「その代り、その俵を、決して底叩くでないぞ。底叩くと米なくなる」
 ていう俵()だ。
 それから、誰いうとなく、藤原藤太秀郷でなく、「俵藤太秀郷」ていうようになったけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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