10 狐の鳴き声

 むかし、徳川幕府の頃、その頃の殿さまは庶民をなやませて、大変面白くていっどきの話だけど。
 染物たのみたいというて、一番上手な染屋さんさ命令を出したんだど。して、そいつが、
「狐の鳴き声にトウタラズの模様をつけて、十日間の内に出来るように。もしも出来ないときだらば、染屋さんを止めさせる。出来たときは思う通りの褒美あげる」
 て言うたんだけど。
 そして、染屋さんは商売柄引受けねでもいらんねし、引受けだてよ。そして毎日考えても考えても、考えらんねくて一週間ぐらいはぁ、御飯も食べねで寝てばりいだんだど。そしたばそこのかあちゃん、
「なして、ほだい寝てばりいんなだ。体でも悪いのだか」
 て聞くど、
「何でもない」
 ていうのだど。
「んだれば、こりゃ、染物に対して患らっているのだな」
 て感づいっだんだてな。そして気病は寝っだって、かえって体さ毒だから自分の好きなことして、将棋でもさして気持を柔らげて行けば、またたのしくもなるし、よい考えも浮かぶべていうなで、お寺さまさ遊びに行くことにしたんだど。
 そして、お寺さまと将棋さしているうちに、「狐の鳴き声」て打ったんだど。ところが和尚さんが「コンと鳴く」て打ったてよ。「ははぁ、なるほどな」て思って、次には「トウタラズ」て受けだんだど。ところが「九曜の星」て受けて呉たんだど。
「はぁ、んだればやっぱり」
 うれしいのなんの、元気出てよ、家さ帰って、紺の地に九曜の星の模様にちゃんと染めて、殿さま取りに来るのばり待ちでいたんだけど。ところが殿さま来て、
「出来たか」
「この通りできました」
 て出したれば、
「ああ、みごとみごと」
 て賞めて、思う通りの褒美呉て、御用染屋としてたのしく暮したど。んだから今の世の中でも悩みのあるときは友だちとお茶でも飲んで智恵を交換して、たのしく暮すのが長生きの秘訣だべ。
(安部はる)
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