9 仁王とテンコウ

 むかし、薬師さまの門番として仁王さまがいであったど。
 その仁王さまというのは、体も大きい、力もある、まず日本国中では仁王さまにかなう者はいねがったど。ところで自分がこれだけの力もあるし、体力もあっからして、少し武者修行さ行ってみたいて、薬師さまさお願いしたわけだな。
「行ってみたいから、どういうもんだ」
「ところで、仁王、そんがえ漫遊したいだれば、行ってもさしつかえない。くれぐれも注意して失敗しないように」
 て言うて、ほんで行ぐなれば箱さ入っだ奴、薬師さまから頂いたわけだ。
「仁王、この品物は九死一生の時でないげれば、開けてはならない。ただ開けてみっだいなていう心持では駄目だ」
 支那に渡ったげんど仁王にかなうものはないがったそうだ。そうして行く行くに、唐・天竺にすばらしい豪傑がいたていう話を聞いたど。
「んでは、天竺まで行ってみんべ」
 て、唐にテンコウていう恐ろしく世界一だべて言われるほどの力持ちいでやったど。そいつさ行って力競べすんべと思って、仁王さま行ったったずだな。そしていよいよもって行って、
「明日にもテンコウと会うようなもんだ」
 ど。つまり早く今日は旅篭屋さ着いて、ぐっすり眠むんべて、次の朝ゆっくり起きて、たらふく食って、すこだま腹さつめて鉄棒かつねて行ったていうのだ。
 村はずれさ行って聞いてみたれば、すぐに分かったけ。
「そこにあるすばらしい大きな家、あいつがテンコウの家だ」
 て。見れば見るほど大木など屋敷のぐるりにあって、いかにも世界の豪傑が住むような屋敷であったけど。それで、「たのむ、たのむ」て言うたけど。ところが仁王さま、玄関まで行って、まさか鉄棒半分ぐらいついて、土さ刺して行ったていうのだな。そして行って「たのむ、たのむ」て行ってみたれば、弟子だ出はってきて、客間さつれて行がっだらば、
「今日はあいにく先生は留守だ」
「ひやぁ、そんでは何とも仕様ない」
 しかし、先生の奥さんが来て、来意をつげ待ってて呉ろていた。ところがさしわたし三尺ばりの火鉢さ火入っで持って来たけど。つまり仁王さまの一間ぐらい前さ置いたど。そしてお茶でも取りに行ったかどうか、テンコウの妻君が行った後、すばらしい五貫匁もあるキセルのガンコ引っかけて、火鉢を引寄せんとしたていうのだ。なんぼ力出しても、その火鉢引張らんねがったど。
 ただ逃げるわけにも行かねし、自分の方から火鉢の傍さ寄ったていうのだな。そしてお茶を出して一通りの話したど。
「テンコウと会ってはまずい」
 て思って内心恐っかなくなったど。
「別の用向き思い出したから」て。
「明日にもまた別に先生の居るときに上り申す」
 て、そっから立ったていうわけよ。立ったええげんど、なんぼ見ても鉄棒ないていうのだな。
「ここらさ置いだはずだ」
 て見たれば、半分ばりさした鉄棒、地面にみなのめり込んでいたど。そしてその上さ石一つ上げっだけど。こんでは仕様ないて難儀して鉄棒やっとこすっとこ抜いで、そいつかついで逃げたええげんど、海ていうんだか川ていうんだか、入海みたいなどこさ来てしまった。なんたてそこ越えねげば抑えられるて、そうしてまず、仁王さま念仏となえてみたれば都合ええぐ、舟一そうあったけど。
「これこそ薬師さまのお助けだ」
 て、舟さのって漕いだていうのよ。一生懸命になって漕いだっていうのだな。半分ばり来たればオーイオーイて呼ばらっで、
「日本の仁王、かえれ。テンコウが今帰った。引きかえして勝負しろ」
 て言わっだ。恐っかなくなったてよ。仁王さま、五・六丁離っでみても抜群の体格は大っけえし、他の弟子などより倍もあるようなガサしている。一生懸命になって舟を漕いだ。そうしたらテンコウは何か投げてよこした。それが舟に引掛ってしまった。舟のイカリだ。そしてぎゅうぎゅうとしゃぐまっで、仁王は気が気でない。
「九死に一生ざぁ、このことだべ」
 て、薬師さまからもらった箱開けてみたていうのだな。そしたらザラザラした金の棒あっけど。こいつだって、八ぺんすったらば切っだてだど。んだから「ヤスリ」ていうのだど。片脇は引張る。こっちは逃げんべと思っていんな、ぐいら切っだから、仁王さまのった舟は向う側さ行った。そこでわらわら舟から上った。そして逃げたていうわけよ。逃げたげんども隠れる場所なかった。ところがちょうど道路の片脇さ井戸あったけなだど。それで笠あってうんと頑丈なあったから、井戸の梁の上さあがって小(ち)っちゃぐなってだて。そしてすぐだまって。テンコウは弟子の五、六人も引張ってきて、「どこさ行った、そだえ遠くまで行くはずぁない」ていうので八方見た。どこ見てもいない。
「こんでは井戸の中へ居る他ない」
 ていうわけで、井戸の中のぞって見たていうのだ。ところが仁王さま梁の上さあがってだんだはけて、面、井戸の中さ浮きて来た。
「この野郎、井戸の中さ入ってやった」
 て。何も考えなかったずだかよ、テンコウ、井戸さ入っていったてよ。つかみ殺さんと入っていったってよ。そしたら仁王さま、上から降りてきて、井戸の塀石でんでん落してやったど。とうとうテンコウ、井戸の中で死んでしまったど。それからはテンコウの弟子もいっぱい居っから、いそいで日本に逃げて帰って来たど。そして薬師さまさ行って、
「今帰って来た」
 て来たど。
「テンコウの弟子さがしに来るに相違ない、絶対に、この門前からは一歩も出はんな。出はっどいうど、テンコウの弟子に殺されっからて、ワラジ作りさえしていっどええ」
 て、門前にいて、一生終ったていうのだど。
(横尾権次郎)
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