13 狐むかし

 むかしあったけど。
 下叶水(小国町)の法印さまは、毎年二月になっど、二月お日待て、上叶水あ たりまで来たもんだけど。ほうしてそのあたり、塞の神に、悪 (わ) れ狐居で、人だま さっではぁ、晩方歩かんねどこなんだけど。
 法印さま、
「また、おれも狐でも出はっていっど、だまされっど困っから早く行ってお日待 して来っから」
 て、出かけて来たずも。
 ええ日なもんだから、狐、日向ぼっこして塞の神の橋の上さ眠ったど。
「ああ、これは畜生、眠 (ね) っだ。ほんではこの畜生、人ば騙してばっかりいっから、 いたずらしてくれる」
 と思って、錫杖もって来たな、耳の傍でガラガラ、ガラガラて振ったずも。ほ うすっど、狐は魂消て、ヒョツーンと飛び上がって逃げて行ったけど。
 それからこんど、法印さま、二渡戸さ行って、今日は泊んねで、早く切り上げ て行くべと思って、二渡戸あたりで昼飯 (ちゅうはん) すごして帰って行ったど。ほうして行っ たば、土屋あたりまで行ぐどはぁ、まだやっとお昼飯御馳走になって来たばりな のに、なして暗くなったんだかと思うほど、途中で暗くなってしまったんだど。
「さぁ、困ったもんだ。ちょうちん借りに行かんなね」
 と思っていたば、塞の神の橋のたもとに与惣治の小屋の灯 (あか) しだべから、灯し借 りて行くべと思って行ったば、
「おばん、おばん」
 ていうたば、与惣治は出はって来たけど。
「おれ、沼沢まで、暗くて行かんねがら、ちょうちん借してもらいたいと思って 寄った」
 ていうたど。
「いやいや、ほだら、ちょうちん借すども、おら家の婆さ、腹病みしてて、おれ 医者たのみに行って来 (こ) ねねから、おれ行ってくるうち、留守番たのみたい」
 なていう。
「仕方ない、おれ留守番してっから早く行って頼んで来っどええ」
 て、やったど。
 そうして法印さま留守番しったから、かげの座敷にいたな、
「法印さま、病 (や) めて切 (せつ) ない」
 て、やせた手出してよこすていうなだもの。
「恐っかねぇ」
 て、引込んだど。そうすっどこんどは、ザボンと川さ落ちてしまったずも。ほ うして目覚めたようになってみたれば、
「川さ落ちたし、これは仕様ないから、早く上がんねね」
 と思って、上がって見たれば、こんど、
「湯わいだから、まず、湯さ入れ」
 なていわったずも。それから、
「んだら、もどって湯さ入っでもらって、それから行くべ」
 と思って、与惣治家 (え) では、医者もたのんで看 (み) てもらったべし、与惣治どさ来て、 湯さ入っていたど。ええ加減でな。
「ええ湯だ、これはええあんばいだ」
 てな。ほうしたば、
「何だ、法印。何だ、法印」
 なて呼ばっだずも。そしてポカーッと目さめてみたら、塞の神の川の隅で、コ チャラコチャラていだんだけど。
 若衆ぁあんまり、来ねぇもんだから、法印どこ迎えに来たなだけど。しゃなっ たな。ほうすっど狐、
「さっきだの、仇、今討つ」
 て、大音 (おおおと) 立ててはぁ、狐逃げて行ったけど。んだから、狐なて、やたらにいた ずらさんねもんであったど。敗けっから、騙すから。むかしとーびん。
(高橋しのぶ)
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