30 曽呂利新左衛門むかしむかし、秀吉の時代に、曽呂利新左衛門て言うて、刀の鞘師だったど。ところがその刀がそろりそろりと抜ける。天下一の名人だて言うなで、誰しも新左衛門のことを曽呂利、曽呂利て言うた。ある時、秀吉がひどく病気して、ほして何だか分らねげんど、段々衰弱して行ぐ。ほだえしてるうちに、盆栽の松の木枯っでしまった。ほうしたらば、なおさら気落してしまって、 「余もこれきりだ。おしまいだ」 て、なげいて、日に日にやせおとろえて行った。何とかええ医者いねべか、何とかならねべかと言うてるうちに、新左衛門がほこさ行って歌詠んだ。 御秘蔵の常磐の松は枯れにけり 千代の齢 こういう風に詠んだ。ほうしたけぁ、「はぁそうか」て、 「松の木は、おれの身代りになって呉たか」 ほだえして気分ええぐなってるうちに、薄紙はぐように、段々ええぐなった。ほしたけぁ、 「これ、新左衛門、何かお前にお礼を差し上げっだい。望むものはないか」 「いやいや、上さま、一か月間の一文の倍増しで結構でございます」 「ああ、新左衛門、お前は欲のない男だな、一文の倍増し。それはどういうことだ」 「はい、第一日目は一文、二日目は二文、三日目は四文でございます」 「そうか、何だ、子どもの小遣銭にもならねほどで、お前は満足するのか」 「いやいや、そうでもないげんども、この位にさせていただきます」 「よし、んだらば…」 て言うわけで、会計係さ命じて渡した。 八日経ったれば、百二十八文になる。十日経ったれば五百十二文になった。二十日間経ったれば五百二十貫二百八十八文になった。 「ありゃおかしい」 て言うわけで、会計係、ソロバンはじいてみて、何と三十日になったら、こんどは馬車二十台で運ばんなねことになる。 「いやいや、こんではとてもかなわね。ほんではまず、新左衛門、新左衛門、余が参った。二十日間で、まず勘弁して呉ねが、ほの代り他にもう少しお前さやっから…」 「はい、結構でございます。んでは他に頂かせていただきます」 「何だ」 「袋さ一つ、米頂戴したいげんど」 「おお、そんな、ええどこでない」 「四・五日後にもらいにあがりますから、お倉番さそういう風に言うてでけらっしゃい」 ほうして、四・五日経ったら、馬車何台どさ、紙袋一つつけて行った。何すっど思っていたれば、 「このお倉の米、全部頂戴して帰ります」 て言うたれば、お倉番がぶっ魂消た。ほして秀吉のところさ走って行った。 「実はこういうわけで…」 「ああ、一袋ぐらい呉 「いや、その袋は、また、どでかいんだ。馬車何台さつけて来た袋ではぁ、すぱっとはぁ、倉さかぶせてしまったはぁ」 て。 「うん、武士に二言はない。その倉は新左衛門に渡せ、生命ないと思えば安いもんだ」 て言うわけで、銭五百二十貫二百八十八文と、倉一つの米、そっくり頂がっだけど。どんぴんからりん、すっからりん。 |
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