8 鼻高の呪文

 むかしむかし、浜辺にある若者がいだんだけど。ほの若者がいつでも鼻すごぐる癖あったど。ほして道々考えてみた。
「鼻ざぁ、こすって伸びて行かねもんだべか」
 ほだえして考えているうちに、ある天気のええ日に、海の方さ向かって鼻こすりながら、
「鼻のびろ、鼻のびろ」
 て言うたらば、何だか先むずがゆくなったけぁ、ずんずん、ずんずん伸びて行った。ほして日本海越えて朝鮮、満州どころか、伸びるに従って、(まなぐ)も先まで見えるようになった。
「朝鮮の風景見える、あら、満州の風景見える」
 万里の長城越えて支那大陸、蒙古、ずうっと西洋の一部まで行ってしまった。ところが入梅でうっとうしくて、どこの国でも雨降りばり続いたり、何だか日影さして来たと思ったら、おかしげな洗濯竿みたいな伸びて来た。
「変なこともあるもんだな」
 と思った。触ってみたれば何だかツルツルして、洗濯干すにええ塩梅だていうわけで、朝鮮の人が朝鮮の衣裳、満州では満州の衣裳、支那では支那の衣裳から帽子から、皆はいっちゃ干した。
「いや、天気ええくて、ええがった。こりゃ、ええ洗濯竿来て、あつらえむきだ」
 て、みな干した。ほうすっどほれ、満タンに、はいっちゃ干したとき見計らって、午後からの乾いた時、ぐうっと、
「鼻ちぢめ、鼻ちぢめ」
 て言うたらば、はいつぁ縮まって、ほしてお倉さ三つ四つ入れるほど、着物寄せてしまった。ほしてはいつ珍らしいもんだから、ほっちの骨董屋、こっちの古道具屋から、ゆずってけろ、ゆずってけろて、たちまち大金持になった。
 ところがはいつ聞いた隣の若者は、
「よし、んだらおれさ教えてけろ、どういう風にしたんだ」
 て言うたらば、
「こういう風にした、君もやってみっか」
「いや、おれもやってみる」
 ほして、やっぱり「鼻のびろ、鼻のびろ」て言うたれば、もそがゆくなったと思ったれば、だんだえ伸びて行って、同じ方向さ行った。
「ああ、見える見える。朝鮮の風景。ああ支那・満州・万里の長城みな見える。いやとんなもんだ。鼻のびて行くど鼻と同じに(まなぐ)も見えて来るもんだ。ところが支那も朝鮮も馬鹿ばりでない。
「この前の泥棒竿だ、みなおらだの帽子(しゃっぽ)、ほれから着物盗まっだ。よし今度はそう盗ませておかねぞ」
 みんな心の中で思っていた。
「よし、今度西洋まで行ったか、ん、大分洗濯もの干したな。これ一つちぢめて()ましょう」
 と思ってちぢめ掛ったら、満州で、鋸で―― 二人で切る鋸で―― ワッショワッショて切られかがった。
「いやいや、痛い痛い」
 いきなりつぼめる、なんぼしてもほこで(のこずり)邪魔になってはぁ、つぼめらんね。そぎそぎ、そぎそぎと、鼻スポンと先の方もがっでしまった。
「いたたた……」
 て。ほしてちぢめてみて、こっちゃ来てみたれば、鼻の天辺(てっぺん)がそがっではぁ、その人ぁ鼻なしになって暮したんだから、あんまりええどて、鵜の真似する烏、猿真似はあんまりさんねもんだて言うたけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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