1 ホラ吹きくらべ

 正月十五日て言うど、ホラ吹き・嘘つき大会が始まった。そしてほこで優勝した者は、「ホラの吹く蔵・嘘の語郎」という称号与えらっで、ほして一年間の人足免除と、こういうわけで、いろいろ、この〈みちのく〉でも、ホラ吹きの大会があって、ほこさ行って覇を競うわけだったど。
 んで、いつでも楢下の宿から優勝者が出た。どういうふうな秘密があっかということで、関東からやはりホラ吹きが尋ねて来た。このホラ吹き、嘘つきていうのは、これは動物ではできない。人間に与えらっだ特権であった。ほして僧侶は嘘つかないなて言うてる。宗教の方でも、「嘘つくと鬼に(べろ)抜かれる」なて、これも嘘だ。ほれから「武士に二言はない」なて、侍は嘘つかねなて言うげんども、みな嘘だ。侍の嘘は計略(はかりごと)だ。坊主の嘘は方便である。商人(あきんど)の嘘は、これは掛引きという嘘だ。全部嘘と嘘のかたまりの世の中だった。
 ところが、この嘘も大会となっどまた愉快なもんだ。いろいろな方面からいろいろな嘘が集まってくる。ほんで楢下の宿にその嘘の語郎、あるいはホラの吹蔵という肩書き持った人がいた。で、ある家さ、関東からお客さま尋ねてきて、
「ごめん下さい」
 そしたらほこの親父つぁんが留守だった。
「旦那さん、お留守ですか」
「はい、おっつぁんが、実はなっす、天竺のヒマラヤ山ていう山、何だか、どういうわけだか傾いて、明の国の方さ傾いてきて、何とも仕方ないから、何とか助けで()ろ、まず、て()っで、お仏さまから線香五・六本(たが)って、突っぱり()いに行った」
「はぁ、ほうか。んでは、おかちゃが……」
「うん、おかちゃがやっぱり明の国で大干魃で、何だか、どういうわけだか、大干魃で仕様なくて、明の国の田みな干かわ()いてしまって、亀の子の背中みたいにみな割れはじめた。(なん)とかお宅のおかちゃに来てもらいだいって()っで、おら()のおかちゃが、ほこさ小便たれに行った。いや、おら()のおかちゃの小便たら、こりゃ大したもんだ。万里の長城さ(よつ)んばいになって、ほして一ふんばりたれるんだらば、ゴビの砂漠さ虹が立ってたちまち大雨になって、ほして四百余州の田、たちまち水かかる」
「姉ちゃも行ったか」
「いやいや、姉ちゃはまだ小便たれに行って田さ水かけるな、今練習中だ。姉ちゃな、強くて分んね、ほこらここら掘ったぐってしまう」
「ほんで、姉ちゃ、どっちゃ行った」
「いや、実は姉ちゃが天竺の国のお空ふっちゃばげて、何とも仕様ない。んだから天竺さみな雨漏ってしまって、明の国大干魃になった。こういうわけで、はいつ縫って呉ろて頼まっで、クモの巣の糸とノミの牙と(たが)って、天竺の空縫いに行った。で、はぁ、この間姉ちゃが、お前もそろそろ年頃になったんだから、天竺や明の国さ行って、田うるおす練習でもすんなねて言うわけで、お山の上でやらかした。ところが大したもんだ。あそこさ(よつ)んばいになって、太平洋の方さやらかしたれば、アメリカ、大津波。ほして今まで下の方さ流っでいた南部の川、逆になって来た。太平洋の水増えて、あらら上の方さ流れる。ほら、北川て名付いたげんど、ほこでは北上川て言うようになった。ほうしてこんどはウンと頑張っど奥州・奥州て、太平洋の方さ行ぐ。少しゆるめっど、出羽・出羽・出羽・出羽。奥州・奥州・出羽・出羽・出羽・出羽・奥州・出羽・出羽て言うたもんだから、旅人が、『はぁ、ここら奥州・出羽の国だな』て言うて、んだがらて、ここば奥州・出羽の国て言うた。ほして、ポタン・ポタンて落ちんなで、蔵王山の頂上さお釜できてしまった。ほの娘の尻は非常に大きい尻なもんだから、今でもほの大きな尻のことを「お釜尻」なて言うてる。ほして、それはこんど、最上の方さ降っで来たのは、五月雨になって、萱平の入りに、ナルトの関、あるいは一枚石沢なて言うどこあっけんども、ほこは山菜採りが行ったれば、青空から急に雷さま雨みたいな降って来て、その一枚石沢滝になった。ザザ滝になった。ザァザァ、ザァザァ。今でもほのことをザザ滝と言うて、いつどこがあっけんども……。ほして泡ぼこが伊達の方まで()飛んで行った。ほして泡が川さ流っで大きい川が泡ぼこだらけになった。今でもほの川は阿武隈川なて、伊達では言うてるそうだ」
そういう風に、淡々としてその息子語ったらば、関東から来た、ほの嘘こき仲 間もぶったまげて、
「子どもでこのぐらいなこと語っこんだら、親なんつうものは、まだまだ大したもんだ。こりゃ、まずはぁ、逃げて行くに限る」
 て言うわけで、どんどん、どんどん逃げて行った。して、
「こういうわけで、奥州出羽の国なても言う、きっとあそこら、奥州出羽の国ていうどこだかもしんない。いやいや、まず、ひどいどこさ行って来た」
 と言うわけで、奥の細道で知られる芭蕉なんかも、そのあたり通ったのであろうか、まず、「五月雨を集めて早し最上川」なていう句作ったくらいで、最上地方は五月雨だったど。どんぴんからりん、すっからりん。
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