103 島田より丸髷(まるまげ)

 むかしむかし、灘波の国でちょうど奉行所の前で、一人の職人がずうっと来たれば、火事になった。ほうしたればその職人が、
「ああ、ええあんばいだ。ええあんばいだ。丸焼けなればええなぁ、丸焼けなれ丸焼けなれ」
 大工だった。はいつ聞いた奉行所の役人が、かんかんになって、ごしゃえだ。
「こらこら、職人、なんだ、丸焼けなればええて、そんなこと言うちゃいかん」
 て、ごしゃがっだんだど。したれば、
「いやいや、お役人さま、決しておれは丸焼けなれなて言うたことない。丸焼けになのなったら大変だべな。何、お役人さまだ。ほだごと言うていんなだ」
「んでは、いま何と言うた」
「ここ通る姉さま、島田より丸髷だらいいなぁ、丸髷、丸髷て言うたんだぜ」
 て言うたんだど。
「ふうん、そうか丸焼けていうたんでないのか」
「とんでもない、家丸焼けなて、島田町丸焼けなて、おくびにも出さねなだ、島田より丸髷の方ええなぁていうたんだ」
「これぁ仕方ない、ほうか」
 頭ひねってお役人が帰って行った。ところが、
「なんだ、あの役人が、つうと気違いだな、ありゃ、気違いだ、あいつぁ」
 大きい声で言ったもんだから、こんどは役人がかんかんとなって言った。
「こいつ、ほに、今何と言うた、余のことを気違いていうたな」
「いや冗談でない、旦那さま気違いなんて言も言(や)ね」
「何て言うた」
「島田、丸髷だていうな聞き違いだ、聞き違いだて、今、おれ言うたんだ」
「そうか」
 て、帰って行ったって。役人がさんざん職人に馬鹿にさっで、からかわっだけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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