1 長者のむこ

 むかし、
 ある村の長者さまに、ひとりむすめがおった。そろそろ年ごろになったので、長者さまはむこをさがしてやらなくてはとおもった。
 長者さまはかんがえた。
「田は千刈、畠も千刈。それにこの山もおれのもんだ。よいむこでないと、いろりは守れねえ」
 長者さまは、またかんがえた。
「よし、おれが出す三つのなぞをとく男がいたら、おれのむすめのむこにして、いろりを渡してもいいぞ」
 村の入口と、長者やしきのまえと、それに山の神ののぼり口に、立札を立てた。
〈長者のむこになりたかったら、なぞときにこい〉
 春のわらびがおわって、星のふるような夏がきた。それからまた、秋の祭りだいこの音もきえて、わたみたいな雪がおちてきて、田んぼの上につもった。
「おじけついたか、だれもこねぇ」
 長者さまはいばった。
 もう、立札をたててから一年になる。
 むすめは空を見上げてなげいた。
 
 春のまつりがやってきた。
 そのばん、山からひとりの若者がきて、おどりの輪に入った。むすめは若者とおどりつづけ、夜があけたとき、むすめと若者は愛しあうようになっていた。
「このひとなら、千刈り田んぼだけでなく、村の水も守ってくれるにちがいない」
 むすめは、若者を家につれてきた。
 長者さまは、むずかしい顔をして、わかものを見た。
「よいか、蔵のなかにある鍬のかずはいくつだ。さぁ、おれがたばこを三ぷくするあいだに、こたえろ」
 大きな蔵の戸をどんとあけて、若者に見せた。うずたかくつんである鍬を見て、若者はきもをつぶした。
 そのとき、うらのほうから、むすめの歌がきこえてきた。
     千丁の鍬をかぞえるにゃ
     一丁と二丁で三丁だぞ
     三丁と七丁で十丁だぞ
     十(とお)ずつ十(とお)で百丁だぞ
     百ずつ十なら千だぞや
       ねろねろ やーど
「長者さま、鍬は千丁だ」
 若者はこたえた。長者さまはびっくりしてしまった。まだ、たばこに火をつけたばっかりだった。
「んだげんども、もう二つのなぞが、のこっとるぞ。このなぞがとけたら、むこにするぞ」
 お茶を入れて、うまそうに一ぷくすると、長者さまは、若者を見た。
「そろそろ、田んぼのしごともはじまる。田んぼの畔(くろ)ぬりだが、千刈り田んぼにゃ、からすがくる。からすの足あとをつけないで、一日で畔をぬれるか。さぁ、あしたじゅうにぬってみろ」
 若者は、山までつづく田んぼを見た。からすが、むれをなして、お宮の杉林からさっとやってきて、人がとおると、ばさばさ、ばさばさと、とびたつ。
 どうせ、長者さまのむすめのむこにゃなれぬ、山へかえろうとおもった。
     千刈り田(ともて)の畔ぬるにゃ
     朝さがりしねうち、畔けずれ
     昼あがりしねうち、土くっつけろ
     夜あがりするめぇに
     さっさらさっと、なでてこい
     そうすりゃ、からすコ、あとつけぬ
      ねろねろ やーど
 むすめのうつくしいこえが、かぜにのって、お宮の林のほうからながれてきた。
 若者は、あっとおもった。からすが眠ってるあいだに畔をぬれというんだな。
 次の朝、だれよりも早くおきると、日の出ないうちに田んぼに走った。畔をけずった。
 一まいけずった。三まいけずった。三まいけずって汗をふくと、力がわいてきた。四まい、五まいとけずって、むすめがむかえに出たときには、若者は、いちばんおくの田んぼをけずっていた。
 昼までに、むすめの歌のとおり、土を、ぺたぺた、くっつけた。
 日がしずんで、からすがお宮の杉の林にもどってゆくと、若者は、さっさら、さっさらと畔をぬりはじめた。
 月の光のなかで、むすめはじっと、いつまでも、若者がはたらくすがたを見ていた。
 朝になった。
 もう田んぼの畔は、すっかりかたくなってしまい、からすがえさをとりにきても、畔のうえには足あとはつかない。
 若者は、長者さまがおきるのをまった。
「長者さま、長者さま、見てくれ」
 なるほどと思ったが、長者さまは、ここであまいかおになってはいけないとかんがえた。
「いやいや、なぞはもう一つあるぞ。これがとけねば、めんごいむすめをやるわけにいかぬ」
 長者さまは、はらをつきだして、目のまえにかぶさってくるような山を見あげた。
「あした、あの山のてっぺんから、ふといドンコロ丸太をころがすから、下で丸太をうけとめよ」
 若者は、うつくしいむすめのことをおもった。
「よし、きっと、うけとめる」
 そういったものの、山のふもとに立った若者は、竜がのぼったあとのように、きり立ったがけを、ごろんごろん、ころがってくる丸太をおもって、体がふるえた。
 そのばん、むすめは若者のところにきた。
 若者は昼のつかれで、たおれるようにねむっていた。
 むすめは若者に、着ものをぬいでかけてやった。目をさました若者は、むすめの手をにぎった。
 しかし、あしたのなぞのことをおもうと、若者は、これでむすめを見るのもおわりだとおもった。丸太につぶされてしまうにきまっている。
 せなかをなでてくれる、むすめの手はやわらかく、あたたかかった。
「まんず、ゆっくりねむれや。ゆっくりねむって、力をとりもどしてや」
 若者は、こっくりうなずいて、目をとじた。むすめはうつくしいこえで、子もりうたをうたってくれた。
 
     裏の山のどんころは
     紙ではったるどんころよ
     なんぼ、ころんできたとても
     どうともない、どうともない
     ねろねろ やーど
 むすめは、なんども、なんども、若者のそばで、歌をくりかえしうたってくれた。
 いよいよ、つぎの朝はやく、長者さまはたかい山にのぼった。若者は、きり立ったがけの下に立った。
 むすめはいった。
「腹にうーんと力を入れてや、そうすりゃ張子のどんころと、おんなじじゃ」
 山の上から長者のこえがふってきた。
「よいか、どんころをころがすぞ。しっかりうけるんだ」
「はい」
 どんころ丸太がごろんごろん、音を立ててころがってきた。若者は腹にうーんと力を入れて、がきっとうけた。
「長者さま、さぁ、どんどんころがしてくだされい。ところで、どんころはどこにつんだらいいか」
「そのへんにつんでおけ」
 長者さまはすっかりよろこんだ。
 
 長者さまのむすめと若者のけっこんしきが、村のしゅうをみんなあつめて、はなやかに長者さまのざしきでおこなわれた。
 ふたりは、村の水をまもって、一生しあわせにくらしたそうな。
 どんぴんからりん ねっけど。
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