7 猿さ嫁行た娘昔あったけど。ほの年ぁ長え日照りつづきで、何処でも水枯れ、田圃など干い で割ってしまたじょん。いどし殿ごの穂前田が割れた 四角三角十文字に割れた 女ながらも雷さまよ 天にゴロゴロ 下にはバタリ ―て、童達まで雨乞いして呉れっつけども、一粒も降らなえけど。 或所(あっど)さ、娘三人持た爺さま居でな。この爺さまも千刈の 爺さま畦畔(ので) さ ほれば誰がに聞ぎづけらったらしいじょん。後の薮原(から) がらガサガサ出はて来て、 「爺さ、爺さ、今何て言た。田さ水かげでやっと娘呉れるて言たんねが、本当だ べな」て、確かめっちょん。 見だれば野猿(やまのあに)だべ。山中の仲間皆連れで来てみだて、しれだごと。如(な) 何して猿なんかの手で千刈さ水なの でも次の日、山田さ行てみて動転したどお。あれ程亀裂(ひびわれ)しった田圃さ水ぁ満々 とかがてだけど。爺さま飛び上るほど喜ごだども、ふと思い返すと、野猿どの約束があったけ。未だ娘達にゃ何も話してない。これがらが心配(あじごと)がさして来たじょん。家さ帰て来ても如何 (なじ)して良えが踏切んねで、飯も喉通らなくて、寝床さ入て布団冠てたけどは。 「野猿どなの何故(なえして) ああ言う事ば約束してしまたんだが、考えっと考えるほど悔 まってなん無えけど。夜が明けで朝御飯時分になっても床がら起ぎで来なえ、昼間なても夜間(よんま) なても部屋から一足も出なえさげ、娘達まだ「寝床さ飯 (まま) 運ぶが」て、 言たども元気なく、ただ「要ら無え」て言うじょん。心配なて、先ず一番上の姉 娘ぁ枕元さ来て、こっそり聞いでみだけど。 「爺さ爺さ、何処が悪いなが、悪い所あたら言えや、脚でも揉むが、それとも何 が心配事でもあんながや、何でもきいでやっさげて言てみろ」て、慰めっけど。 そう言わって爺さまなんぼが力になて安心 (どっかど)したが、「本当はな、野猿さ娘呉れるて 約束してしまたなよ」て、今までのごどみな打開げで語て聞かへだけど。 「何だてや、野猿の嫁(わげ) になれてが、 暫くして二番目の娘が来て、「爺さ、爺さ、なして何時までも起ぎねなや。起ぎで飯でも食たら…」て、部屋さ 間もなくこんどあ末娘こがニコニコて部屋さ入て来たけど。事のあらましば姉 達から聞いで来たどこだんだ。「爺さ何心配しっとごや、野猿さ俺ぁむがさて行ぐ さげ、元気出して飯(まま) でも食え」でだど。そう云て閉めっぱなしの雨戸ばさっさと 開げ、爺さま冠た布団も剥ぎ出したけど。 爺さまこれでやっと安心(どっかど)出来たべ。「お前聞ぎうげで呉れんなが、良がった良 がった」どて、末娘の手とって喜ぶけど。 ほのうち野猿まだ、「爺さまどの約束ださげ、娘ば貰え来たぜ」て、顔出したけ ど。約束は約束だし、やんだ(嫌だ)顔も見せねで娘ば出すごとしたど。娘の方 も覚悟が出来でだとめえで、気持よく承知してくってな。 「別に欲しい物て無えども、蕪種少し分げて呉っちゃ」どて、火棚さ下げったふ くべから少し分げで 山で焼畑耕して蒔ぐつもりだんだがなや。昔から「むがさりにゃ蓑笠お膳」て 言たもんだども、蕪種は何た因縁だもんだか、それたげえで野猿の後さくっつい で思いの外元気で行んけど。 娘こぁ来た道わがらなぐなりそうなっど、蕪種出してパラパラとこぼしこぼし しんなだけど。暗ぐなて夜道かげるようになても曲角(むじりかど) 々さ種こぼすけど。何(なえ)だ訳だんだがな。 山の家さ来てがら日経つなも早えもんで、忽ち冬越したけど。何だかえだて、 三日月(みづれ) も行てない。深山の雪も消え出して山路も開げだべさげ、里帰りするごと したど。とごろで爺さまちゃ土産に何持(たが) たら良えがして、相談したれば、大好物 は餅だて言うなで、さっそく餅を搗いで背負て行ぐごとしたけど。 野猿まだそれば重箱さ詰めで持(たが)ぐかんじょしっけさげ、ほれや駄目だ。重箱さ入れっと重箱 (じゅう)臭ぐなて、ほげだ餅ば食はなえ人だ。漆(うるし) の香嗅いだだけでも負げで漆(うるし)あ出るくらいだ」て言うなで、勿論 いっそのごと、「臼がらみ持て行けば良え勘定だ」どて、重だえ臼ば荷繩かけで 背負て山を下るごどなたけど。野猿も娘に嫌われっとえぐなえさげて、少しばり の無理は我慢するどごだろ。 山路ばずっと下て来っと、崖端(くら)の下の方ちゃ深っけえ渓流 (たにかわ)のあっ所(ど) さ出たけど。 景色の良え所(どこ)で崖(くら) の 娘がそれ見で、「臼ば土の上さ下すど大変だ。餅ぁ土臭ぐなっちょんで爺さま食 なぐなる」。それぢゃて言うなで、臼を下すなば止めで、難儀でも背負たままで花 折さかがっことしたけど。流石は野猿だもんだ。平気で桜の木さ上たけど。 木の上がら下まえで眺めった娘(わげ)こさ「何処らの枝が奇麗だんだが、よっく見で で教(おへ) ろよ…これどうだ」て声掛げでよごしたど。そしたら「 なんぼ身のきいだ野猿だとて、重だえ臼を身につけたままでは自由(まま) きか無え がったべちゃ。崖下の渕さダボンと落ぢて命落したけど。可哀想(むぞなえ) ごとした、落ぢで行きしな、 猿沢に落ちるこの身はいとわねど 後に残れる姫子いたわし て詠んで行たどごだど。 その後は娘ぁ独りぽっちなて、なれない山道ば下りなんなえべ。なんぼか苦労 さなんなえ。道を聞ぐ相手も居なえべど思たどもな。 ほら、山ば上っ時にちゃんと勘定さ入れで蕪種ば道々こぼして来ったべでや。 それがもう芽を出したんだおんは。それば目標に山を下りだなだど。利口な女子 だもんだ。 家さ辿り着いだれば、皆な末娘どこみて、夢で無えがど動転してはな。野猿に さらわって行たも同じこと、もう帰てなの来れなえどばり思いこんでだどさ、達者 (まめ) な姿みせだもんださげな。ほさ後追かけてくる者も居ないと聞いで安心 (どっかど)して喜ごんだけど。ほれがらも娘ぁ長えごど爺さまのそばで孝行つくしたけど。 どんぺからんこ なえけど。 |
>>安楽城の伝承(三) 目次へ |