6 化物退治のスッペ太郎

 昔あったけど。或所さな、長えごと独り旅ばつづけでる若者いだけど。とって も度胸のすわった怖 (おっかな) え物知らずで、どげた所でもがって(...)しない(平気)でわだり歩ぐなだけど。
 或時な、山ン中の何年も人の住まなぐなた破れ寺ささしかかたろ、晩方しめえだったつけや。今日は此処 (こさ)厄介なっかな。なんぼボロでも夜露しのぐには木の下 さ寝るよりましだべてだど。よぐ淋しくも怖かなぐもなえもんだ。形ばりの御堂さ入て少し具合 (ぐりつ) の良え所探して、そさ横になて躯を休めだけど。
 夜も深更(ふけ)で来っど、何だか奥 (いり)の方からザワザワて言う物音近寄て来っちょんな。 よっく聞耳立てでっと、いろいろの獣の声みでえだし、まだ唄のようにも聞けっけど。よぐよぐ近間で聞いだば、やっぱり唄のよだけど。
   天狗天狗 みってんぐ
   三河の国のスッペ太郎
   このことちっとも聴かせんな
   ピーンヨロ チャンカラカ
   トランコ居(え)ねば 笛吹きァねぇ
   狢ぁ腹太鼓打って来る
   狐ぁ燃(きん)薪(じり)振って来る
   鼬ぁ板こを打って来る
   ピーンヨロ チャンカラカ
 獣達に気付がんなえように身を忍ばせて屋外 (おもで)の庭ばすかして見だれば、「あらやは」いろんな()が寄て来て踊り出したけど。兎だがも居だようだけし、木鼠や の小ものから狸に狢、狐なんだがも喧嘩もしなえで面白 (おもへ)そうにまわり踊りすんな だけど。ただまっと(...)大きい奴達は木の繁みさ隠って、面がよっくど見えなえども、屈 (しゃがま)て踊り眺めったなだが、相談ごとしったなだか、踊りの輪さかざらなえ者(もん)も 居だよだけど。
「待でよ、どれが大将格だがな、唄さ出る天狗ぁ居だがや、スッペ太郎じゅあど れだったか」、それらの顔も確かめだいもんだと思(も)たども、化物達に気付かったら、 一と騒動ださげ、息殺して躯を忍ばせったど。ほして、この踊りをなんぼ見でで も圧気来ない。きっと土産話になる時も来んべどて、ひっそりど眺め楽しんだけど。
 やっと夜もチラチラ明け出すて言う頃になて、獣達ものごりえ(....)(心残り)そうに奥(いり)さ帰て行ぐけっけや。若者もこげた所さ泊たなで獣踊り見るなて全く思いが けなえごとだったんだな。まわりが静がなてがら、又ぐっすり一寝入りして山下りだど。
 里さ出てみっど、集落(むら)の親方株の家なんだな。沢山(えっぺ)人だかりしったけど。只事 では無えらしぐ、近寄て様子うかがたれば、何でも人身御供養の白羽立ったじゅ なで騒いでんなだけど。
 此処でや、お山の神さまに白羽の矢を立てられっと、一月のうちに其処の家の娘を花嫁姿で山さ送らねばなんねて、ずっと昔から伝えらってんなでな。今朝なたれば、ほの矢羽根がこの家の屋根さ()立ってたなで、皆、動転(どで)見舞(みまえ)だ何だで寄 たどこだったふうだ。
 まごど、其処家には身頃のめんごえ娘こ居で、今にも聟取てあづけなんねて言 うてた矢先だど。ほればこの月の代らねうち、お山の峯つづき天狗の跳場 (はねこっば)まで送り届けねばならなえ。なえったて可哀想(むぞさえ)ども皆思案にくれでは沈みこんでしまい、 年寄達や女衆などうろうろして泣ぐばりだけど。
 そごで若者ぁ昨夜(ゆべな)の古寺での一件思い出して、あれこれ考え合わせでみだど。 何だかかがわりがあるらしい。あの繁みの中さ隠って顔見へ無い連中達が何かヒソヒソ相談しったど思うど、一時姿消したり、今なて想えば、どうも可笑しいぞ。 ほれさあの唄の文句だ。謎ば解ぐにはこの唄がら先きだな。
「スッペ太郎にはこの事ば聴かせんな」て言たな。そのスッペ太郎て一体何者だ ろ。奴等さえ一枚置ぐ一番と怖(おっかな)い者にちげえなえよだ。ともかくも、ほの三河 の国さ行てみれば判るこったろ。遠いたても一ト走り飛ばせば、なんぼなえでも 期限までにゃ帰て来れんべ。そう思たけど。
 ほれで其処の旦那どこ呼んで告げだど。良え智恵があっさげてまがへでもらえ ないが。期限までには準備を整へでちゃんと又此処 (こさ)来っさげ。それまではどげた 事があってもほっても(....)(決して)娘さんを山の神だろと何だろと引渡すよなごと しないでくれてだど。
 見ず知らずの男の言う事、なんぼ信用なっか判たごとではないども、外れだて もともと、一人でも身方が現わっただけでも気強いことだと思たろ。んでや、そ のつもりで居るさげよろしく頼むどて、頼りにしっけど。
 さぁそうなっと、若者も夜昼休まず、一駄天(いだてん)走りで三河さ来てみたど。其処此処(そちこち)さ当てみだれば、此方(こっち)では有名な話で何の心配(あじごと)なえ直ぐ判たけど。良がったな。若者もなんぼ喜ごんだんだが。「スッペ太郎」て言うな、とっても勇気のある、ほ して力の強い猛犬(おおいぬ)で狩りの名人だっけど。
 してみっと、なじが思い当る節も出て来る。スッペ太郎の名前が獣仲間ぢゃそ んなに響いでるどしたら、あの古寺さ集た化物達の一番怖がるなも当然のこった と言うなで、その犬の飼主の家さ行て、今までのいきさつば一部始終話してお願 いしたどこだべちゃ。
 それ聞いで其処の家でも、「よしッ、貸してやる。ほう言う人助けが出来だら、 このスッペ太郎もまだきっと喜ぶべ」どて、心よく承知して力かしてくれっこと なたけど。
 さぁ若者もこれで一と安心、早くスッペ太郎ども仲好になんべどて、道中も機 嫌とりとり、先の里さ向たけど。余り早ぐ着いで化物達に気付かっても良ぐ無ぇ なで間を取って、ちょうど期限さ間に合うくらいにどんぎ(...)まだいだけど。
 其処の人達も皆な待ぢだ待ぢだ。来るんだが、来なえんだが、一時は素通りの 旅人の言うごどなんか当になるもんかと疑ってもみたなだども、その姿を見で喜 こんだの喜ば無えてありゃしなえ。苦しい時の神頼み、一本の藁さだてたごつぐ(....) 気持で頼りにしったべな。さあいよいよその日が来たじゅんだ。何時もするよう に、娘をのせで送る金ピカの篭も用意出来ったさげ、それさばスッペ太郎どご我 慢してもらて押込み、娘どこば集落(むら) の衆にも気付がん無えように、こっそり蔵座敷さ隠したどこだど。
 スッペ太郎ごどしては此処(こさ) 来る道々もよっくど言いふぐめらって来てんなで心 よぐ篭さ入て蓋してもらて静がえ(...)してんなだけど。いよいよ指図さった天狗の跳 場まで集落(むら)の代表達が担いで運ぶごとなたろ。ちゃんと若者も後さ従(つい)で行たじゅ んだ。
 さぁ篭ぁ着いだ。誰も姿見せなえども、其処 (そさ) 置いで来なんなえじゅんだ。送人達 (おぐりどだ) 「もう一と目見でから別れだえ」どて泣ぎわめぐなだけども、篭の蓋をとらっで は大変な事なっさげ、「却って見っど悲しぐなるばりだ」じゅなで、なだめで引返 させたけど。若者だけはこっそり皆とはぐれて、独り現場の近くさ身ば隠してな り行ぎ見守てたど。
 日もとっぷり暮っで、すっかり暗ぐなてがらだんだ。拠がえ何と言うが、喧嘩 するみでえな騒々しい音聞けで来たけど。何者(なにが)の強い唸り声さ、ケンケンだかキャ ンキャンだかギャアだか、悲鳴交え、山一面こだまして、それごそ一時は山ぁ割 れるよだけど。でも騒ぎは激(はっそ)い割にゃそんま(...)(間もなく)おさまたふうだ。
 多分スッペ太郎の声だったべな。元気あふれるワンワンて言う一声聞えて騒動 も終いのようだけど。若者どご此処(こさ) 来てみろて呼ばたなだが、まだ鬨(とき) の声だったかもなや。
 若者あ早速寄て行て、元気なスッペ太郎どご発見して撫でてくったど。外傷(きづ) 一つ、爪跡一つ受げで無えなで流石 (さすが) は三河からはるばる連れで来た甲斐あったて、 感心したど。傍さ倒さってのびった相手ば見っど年老(としよ) た大古狢みでえだけど。この化物の最後を見どとけたなで、若者あスッペ太郎どご連れで威気陽々と山下りだべ。
 長者の家では、若しもの事あてはど、集落(むら) の衆も庭さ楢松明(ならたいまつ) ばあがあがと焚いで、娘ばかぐまたお蔵を護てたどこだけど。そごさ元気な姿をみせだもんださげ て、もう後は心配(あじごと) 無えじゅごんで皆な大喜びしたけど。お蔵がら出て来た娘さん も安心して血の気戻したれば一段ときれいになて見えだけど。
 若者も長者殿はじめ集落(むら)の衆みんながら喜こばって、「出来らば、ずっとこのま ま集落(むら)さとどまて集落を守 (まぶ)て呉ろ」どて願われんなだけど。ほの娘と一つなたら (夫婦になったら)きっと似合だて言うなも居だけじゅごんだ。
 でも律気な人で、借りだスッペ太郎ば返さなんねどて、のごり(...)惜しがったべど も、袖振り切って三河の国さ向て立ったけど。長者殿も「ほんでは」じゅなで、 娘こどこホイホイ急がへて旅仕立させ、若者とスッペ太郎の後ばぼかけさせだけ ど。  どんぺからんこ なえけど。
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