6 田螺と鴉の物語

 ソーレ物語、語り候。語るはもっての物語。江戸は浅草前のことなれば、奇妙不思議だ町人一人来たらせ給う。田螺このよし未来を願う。
 天が下を飛びまわる鴉九郎左ヱ門に踏みつけられ、そこで田螺市(つぶいち)は波一重、ゴミ一重ぬるりサットー這みついて申すよう。天が下を飛びまわる鴉九郎左ヱ門殿、御身はそれ程美しくて、賤しげ者を侮辱(ぶく)すなや、御身の姿を見てやれば、所化の衣にさも似たり。またおつぶりさまの結構さまと申するのは繻子の頭巾にはさも似たり。コカンコカンとおっしゃる声は鶯の春の巻唱える声にさも似たり。それほど御身は美しくても賤しげ者を侮辱(ぶく)すなや。飴かでんちゅか砂糖菓子か、くしくし柿か串柿か、なんどと欺されて、そこで鴉九郎左ヱ門、今日は親父の命日でもあろうと、雲を遥かに飛び上がる。そこで田螺市は波一重ゴミ一重ぬるりサットー這みつけて申すよう。
 それほどわが身が美しいと思うかや、阿呆鳥の馬鹿鴉。からてっつぶりなど、めぐさきこと、山に立ったる焼け切株(やけぼっこ)。またコカンコカンとふぬかす声は、道端の蛙、駒に蹴っとばされで、くたばる時の声にさも似たり。また身体(ごたえ)つきなども十七、八年経ったる金火箸の打(ぶ)ち折れたるにもさも似たり。そこで鴉九郎左ヱ門、ドングリごとや酸漿(ほんづき)ごとの血の涙、どったりどったり落して飛んだの物語。

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