2 屏風売に化けた狐昔あったけど。あっどさ、少しばり足(た)んなえていう、頭の弱え阿呆(あに)いだけど。でもな、如何(なんた)な人でも何が一つぐらえ得手(えで)じゅものあるもんだ。この阿呆、まだ自然薯(じねんじょ)堀りにかげでは、かなう者いない名人でな。とろろの好きな大家の隠居さんさ、よぐ薯掘ってきて呉(け)っで喜ばっでいっけど。隠居さんも阿呆どこば、とっても気に入っで、自然薯持ってくっど、機嫌えくて、一緒に飯(まま)食て行げてだど。薯堀りも、ほだども(そのようだども)摺(す)るなもお前でなえど駄目だどて、おだでんなだけど。薯堀るにゃな、気短かにあせっちゅど、途中で折っでしまう。摺るたて擂粉木(すりこぎ)の力抜いで擂鉢ン中さ空気ば摺り込むように、長いごと力を平らにカランコロンと摺り続げっど、美味(んま)ぐできるてだど。阿呆ごとしては、隠居さんの依怙(えこ)背負ってっと何がど得だもんださげ、何でも言(ゆ)わた通(な)りすんべちゃ。ほう言うどごは、まんざらの馬鹿でもんなえもんだ。返事のいらなえ、ちょっとした使い走りなら、さして世話なぐ達(た)へるさげ、しょっちゅう小間使いにさってだなだど。 あっづき、町さ使わって行ぐごとなたど。用じゅあ、寒雑魚えっぺえ捕っださげて、それば親戚(えっけ)の家さ届げんなだけど。 「阿呆(あに)、ええが、どげたごとあても、この風呂敷包みば、向うの家さ着ぐまでは、体がら離すでなえぞ。途中で落したり、忘っだりしなえよう、気つけでな」 どて、くどくどと言いきかさって、背中さのせで固く結んで呉(け)んなだけど。阿呆ごとしては、ご褒美さもありづけっちょんで、大意気なて出がげで行たべ。途中でおべった(知った)人に声かげらっでも、他所(よそ)気振らないで、しゃんしゃんど歩いで行(え)ぐけど。 先方さ着ぐど、まず遠い所(どご)、ご苦労だったどて、上げ申さっては。すぐ座敷(うえ)で休ませてもらい、いろいろ愛想さったべ。 「こげた生(い)ぎのええ魚、川所でなえば見っごどもなえ」 どて、家内中寄てきて喜ぶなで、阿呆まだ自分(わあ)獲たみでえに鼻高ぐなたべちゃ。ええ気持なて辞儀(じんぎ)なしご馳走もなたべ。ほしていよいよ立て来る段になたれば、まだ大事だていう荷物あずけらったけど。町の魚屋(いさばや)や生ぎのええ海魚入たけさげ、隠居さんさ進ぜたいてだど。今度も途中でどげだごとあっても、包みば自分(わあ)体から放すなよ、て、何度もいいきかさったけど。阿呆まだ帰(けえ)りも座頭背負いして、解(と)げなえよう、きづく結んでもらてきたべちゃ。 途中で陽落ぢだども、天気ええなでな、雪明りたよりに、不自由なく歩いできたど。やがでにゃお月さまも出んべ。猿渕沢まできたら、村もそんまそこだし、一(ひと)汗ひかして行(え)んかど思(も)て、雪の上さ、ねこっと腰下ろしたど。ここは道傍が土手になて、荷背たままでもちょうどしゃがみ易(え)い所だ。後(うっしょ)ろの木立また北風ば避げるし、夏なら前がわの川の吹き上げ涼しくて、もってこいの休ン場なってっけど。 一(ひと)休みしてっとさ、後(うっしょ)ろから、かついだ(追いつく)人いだど。めんごげだ年の頃は二十前がな。見だごどのなえ娘子(あねご)で、疲れ出たが、もともと足悪いなだか、少し跛ひいでるみでぇ、来るなり、阿呆のそばさ座りごんで話かけっけど。 「屏風の注文受けだな、届げきたどこだ。なれなえ雪路で、雪原(ほてこ)さ踏み外して足くじいてしまった。難儀してっどごださげ、同じ方さ行ぐなだれば、なんぼでもめんどうみて呉んなぇんだか」 てだど。一寸でもええさげ荷物取っかえっこして呉ろ。妾(わたし)なは屏風ださげ、ガサ大きども、その割にゃ重えもんでなえ。駄賃も出すさげ、どて、すり寄てきて、やっきどなて口説(くどく)なだけど。でも阿呆ごとしては、なんぼ振(ぶり)のええ娘子(あねこ)にたぐづがったて、金輪際、背中の包みは放す気はなえ。一途なもんで、やんだどて、さっさと立て来てしまたどごだど。全く色気も慾気もなえ話で、これにゃ屏風売りもししゃまして(持て余し)諦めるほがながったべ。 間もなぐ村さ来て、若達だ遊でだなどぶっかたけど。これがら宿さでも寄るどこだったんだな。月夜さ浮がれで、雪の上で角力(すもう)とったり、雪玉ぶん投げだりして戯(ほご)てたけど。阿呆どさもすかがて来っちょん、そればかわして、 「お前達(まえだ)、ほんげ相手欲しごんだら、上の野のあだりまで行てみんだ。めんごけだ屏風売り娘子、まだ足悪ぐして難儀して来っけ。手貸して呉れっど、駄賃もはずむつけぞ。おれ、まだ大家の隠居さんの用持(たが)てんなで、かまてらんなえがら、すてできたども、行き会い次第(しんだえ)行ってみだら、そんまそごらで会うべぞ」 て、教(お)へだけど。ほしたら、若達も阿呆さからがってるより色気のある方ええど見で、そっちさ走たど。 阿呆の話だど、とっくに行きあってもいい時分だげんど、人っこ一人行き会わなえ。これや一杯喰さったがな。馬鹿に騙されるなんて、よぐよぐの大馬鹿じゅうごとが。んでも馬鹿は嘘(ずほ)こげ なえていうがら、もう少し先まで行てみんべて言う者(な)も居で、中には雪女んなえがったがやどて、話ば一そう面白(おもへ)ぐすんなも出る。わいわい勝手なごと言いあってるうぢ、とうど猿渕沢まで来てしまたべちゃ。でも今(えまん)どご、若い娘子どころが、人影らしいものも見当らなえ。んだて、せっかく来たんだ。ここで会ったていうなださげて、ほの形跡残ってなえが、よっくど見 んべどなたど。 たしかに、土手さ寄(よ)かがたよな尻跡が、雪さ二つ並んでついでる。片方(かだっぽ)は赤い 血で汚ってるみでえ、月明かりでよっく見っど、たしかに血痕(ちのあど)だ。 「一体、大きい尻跡は阿呆なにして、もう片方の血の方は誰だんだが。足ば傷めったつけさげ、これが屏風売りながな」 「あらやど、こっちさも血痕あんぞ。んだればこれ辿(たど)ってみだらば」 じゅなで、のぞみかけで、も少し追(ぼ)かけてみることにしたど。何時の間(こまえ)にが、その血痕が路から外(はず)って山の方さついでっちょん。「こりゃ可笑(おかし)いぞ」ていうなで、そっちさ辿って行てみたべちゃ。とごろどころすった様子だども、はっきりど四足つった跡と判じらったなで、きっとのことで獣だがもしんなえどなて、皆も一そうど元気出て、後追(ぼ)たふうだちゃや。 とうとう、ながねまで来て、白い雪の上さ何が動く影みつけだど。「ほれや、居だ」じゅもんで、雪原(ほでやら)も構わず、一散に追(ぼ)かけだべ。逃げおぐっで雪ささったなば、生き捕たどこだど。正体見だら、手負いの狐で、鉄砲さあだて傷ついだが、ガバヂさかがたな抜けて来たがだんだな。畜生まだ怪我して、自由(まま)きかなえなさ、腹は空(すか)したあげぐに、阿呆の背負た魚ばねらたもんだべ。でもな、なんぼ狡猾つかしても馬鹿みでえな欲のなえ者はのって来なえどめえで、騙しきかなえで、けえって自分(わあ)みつけらって、つかまてしまったどごだんだ。若達も阿呆どごば足(た)んなえの、馬鹿だのど卑(やし)めんども、阿呆のおかげで思いかげなえ祭りも出来だじゅうもんだべや。 どんべからんこ なえけど。 (昔は旧正月が近づくと、よく屏風売りの姿を見かけたが、昭和になると卓袱台(ちゃぶだい)を かついでやってきた。) |
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